711 大島温泉 [Jan 25,2006]

若い頃から、未知のいろいろな場所に行くというよりも、なじみのところにあきずに何度でも行く、という傾向がある。最近ではもちろんマカオということであるが、ちょっと前では北海道、京都、さらに遡れば伊豆大島ということになるのかもしれない。

伊豆大島は最初に一人旅をしたところである。高校1年の時に、伊豆大島に行った。当時は当然ジェット船などないから、竹芝桟橋から夜行で出て翌朝に島に上陸するというコースが普通だった。その後も、ひとりで、あるいは友達と、あるいは家族と、合計すると5回以上行っているのであるが、大島で最も印象深い宿というと、「大島温泉ホテル」ということになる。

伊豆大島の宿というと、その大部分は東海汽船が就航している元町港(風の具合によっては、島の北側にある岡田港から発着することもある)の近くにある。そして大型旅館としては大島小桶園があり、ここは大島唯一のゴルフコースに隣接して作られているのだが、大島温泉ホテルはそのいずれとも離れて三原山の中腹、外輪山の近くにぽつんと一軒だけある。もちろん、これは温泉の噴出し口ということなのであろう。

だから、このホテルに行くときには三原山と元町を往復している路線バスに、「大島温泉ホテルに寄ってください」といわなければならなかった(いまは知りません)。そうすると、バスはいつものルートを外れて、ホテルの前まで連れて行ってくれるのである。

ホテルからみる三原山山頂付近の景観(この付近を表砂漠という)はなんともいえない荒涼たる雰囲気である。そして、何といってもこのホテルを有名にしたのは、昭和61年の噴火の際、まさにこの表砂漠、温泉ホテルからすぐのあたりに火口が開き溶岩が噴出したことである。

もともと、大島三原山はハワイのキラウェア火山等と同様に溶岩にねばり気が少なく、したがってマグマのエネルギーを極限まで蓄えて一気に爆発するというのではなくて、どろどろと外輪山の内側に溶岩が出てくるタイプの火山だと言われていた。だから、観測するには比較的安全な火山であるとされていたのだが、実際はそんなに甘くはなくて従来の火口とは全く離れた所に溶岩が噴出してしまったのである。

このとき、大島全島の住民が1日のうちに避難した。夜になって、真っ赤に燃える溶岩が山の上から町めがけて流れてくるように見えた(実際には固まってしまって町には来なかった)のは、まさに現地でいう「御神火(ごじんか=神様の火)」の言葉どおりの光景であった。

ところで、当ホテルの名物は、昔も今も「椿油フォンデュ」である。大島特産の椿の実を搾った油は昔は日本髪を整える髪油として使われたものだというが、この高価な油を使って天ぷらをやろうというのがこの料理である。えびやイカなどの海の幸、定番の野菜もおいしいのだが、なんといってもおすすめは「あしたば」。大島特産の菜っ葉で、おひたしとかで普通に食べるとちょっとえぐいが、フォンデュ(天ぷら)にすると最高に旨い。ホテルでなくても島の食堂なら大抵のところで出すはずなので、おすすめする。

[Jan 25,2006]