713 湯西川温泉 [Jun 21,2006]

栃木県の最奥部が栗山村である。ここを北へ福島県に抜ける国道121号線、通称会津西街道(東武鬼怒川線から続く野岩鉄道に並行している)から川治ダムで西に山を入っていくと川俣湖から女夫渕(めおとぶち)温泉を経て奥鬼怒となり、山を一つ越えた五十里(いかり)ダムで西に入ると湯西川温泉である。現在では舗装されているが、それでも曲がりくねった細い山道が続く難路である。

そんな具合だから、源平争乱の折り、負けた平家の落人が隠れ住んだというのもうなづける。この栗山村には落人伝説のある里がいくつかあるが、その中で最も有名なのが湯西川温泉である。

最初にその話を聞いた時、本州西端の壇ノ浦(下関)から、中国道を抜け京を抜け鎌倉を抜けてこの山奥までどうやって見つからないで逃げてきたのかな、と疑問に思っていたのだが、あとから調べてみると源平の争乱は一の谷~屋島~壇ノ浦だけでやっていた訳ではなく、関東(当時は坂東)でも多くの戦いがあった。もちろん大将格が西から逃げてきて合流したことはあるだろうが、中核は関東で源頼朝に敗れた軍勢なのだろう。

それはともかく、その平家の末裔を名乗っているのが湯西川の老舗旅館である「本家伴久・萬久旅館」である。湯西川温泉全体が近年急速に観光化しており、大型ホテルも何軒かできているのだが、古くからの旅館は川沿い(この川の名前が湯西川)に建っている。

木造の建物は年季が入っていて、しかも磨き込まれている。温泉はアルカリ性単純泉であるが、長時間入るとちょっと湯当たりするくらいなので、源泉の成分にはいろいろ入っているのだろう。とはいえ、川を眺めての露天風呂はどうしてもゆっくりしてしまう。

夕食は館内にある吊り橋を渡った対岸にあるいろり部屋へ。竹に入れた酒をいろりの火であたためながら、鹿肉や山菜、川魚、へらにつけて焼いた味噌などをいただく。いろりで焼いたとち餅はこの地域ならではの味わいで、まさに浮世の憂いを忘れる瞬間である。また朝食もすばらしく、おかゆ、白米、麦飯から好きなものを選んで、とろろをかけたりおしんこでいただく。

この旅館の唯一のネックは値段が高いことである。だからできれば平日に休みをとって訪れたい。おそらく、大太鼓を叩いて歓迎してくれるはずである。


本家伴久の夕ご飯は、囲炉裏のある別棟でいただきます。

[Jun 21,2006]