097 リタイア2ヵ月 予定どおり四国お遍路~せいうち日記97 [Oct 26, 2016]

リタイア2ヵ月目もここまで無事に過ぎて、いま四国お遍路の第5次区切り打ちの最中である。昨日から高知市内のホテルに連泊して、ここから札所に向かっている。高知市内は市街地を中心として円を描くように札所があるので、その日の終わりにバスではりまや橋に向かい、次の朝、前の日歩いたところまで戻るということが可能なのである。

サラリーマンの時には3泊4日が限度で、これまでの区切り打ちでは徳島県内をかなり刻んで歩いたのだが、今回は9泊10日の長丁場。室戸岬を経由して徳島イン高知アウトという距離的にもかなり長いルートであったので、リタイアして余裕のある日程を組めたことはたいへんありがたい。

前回、前々回の区切り打ちでは、遍路ころがしと呼ばれる焼山寺、鶴林寺、太龍寺を歩いた。今回は距離が長いものの海岸沿いの平坦な道を歩くことが多かったけれど、それでも二十七番神峯寺(こうのみねじ)は標高430mという結構な高さがあった。ここが今回のポイントであったが、天候にも恵まれて予定どおり歩くことができたのは大変よかった。

さて、8月からフリーになったのに10月にお遍路を計画したというのは、暑くて歩くのには厳しいだろうという見込みからであったが、実際は見込み以上に天気に恵まれず、9月は長雨、10月に入っても台風+真夏日があって、ここまで予定を遅らせておいてよかったと思うことしきりであった。

それでも炎天下で日向の温度が30度を超える日もあって、標高100mくらいの五台山、禅師峰寺、清滝寺では大変苦しいこととなった。ようやく昨19日には曇りになり、涼しい風が吹いて心地いい歩きとなった。それまでは、これで本当に10月中旬かと思いながら毎日25kmから30kmを歩いていたのである。

さて、9月からはNFLが始まったので、毎週の月・火・金はGamedayである。残りの日にも録画した放送を見なければならないし、NFL.comなどのデータもチェックしなければならない。自分のHPのデータを修正し、翌週のオッズを確認してブログに予想記事を書いて、となかなか忙しい。お遍路も10日以上は難しい情勢であった。

その中で、10月8日には奥さんと原宿までEPOのコンサートを見に行った。そして1日置いた体育の日はギリヤーク尼ヶ崎師の新宿公演と、イベントスケジュールも目白押しであった。この上さらに仕事があったら大変なところだった。幸いにいまはリタイアして仕事はない。

今日20日は仁淀川大橋からスタートして、朝青龍の四股名の由来となった三十六番青龍寺に登る。予定どおり進めば巡航船に乗って須崎を目指す。これで今回の区切り打ちは終了し、明日の昼便で東京に戻る。

週末には録画してあるWeek6の試合をチェックして、月曜日にはWeek7である。果たして寝る時間はあるのだろうか。そしてお遍路の記録を整理して、あと1回ハローワークにも行かなければならないし、11月になるとパッキャオの再起戦である。

9月の長雨で山歩きもしていないし、古代史の勉強は手つかずのままである。リタイアしてからもこんなに忙しくなるとは思わなかった。でも、仕事と違って、ストレスはほとんどない。ありがたいことである。

 


三十五番清滝寺に向かう途中、仁淀川の風景。今回見た中でも最高に雄大な景色のひとつでした。

 

先週末に第5次の四国札所歩き遍路から家に帰ってきた。予定した9泊10日を終了した時点ではまだまだ大丈夫と思っていたけれど、さすがに一息ついてしまうと体のいろいろなところに支障がでてくる。まあ、歳だから仕方がない。私の体力と集中力では、このあたりが限界ということであろう。

今回の移動距離をGPSで集計したところ、9日間で242.5km、一日平均26.9kmであった。標高差400mの神峯寺、100m以上の最御崎寺、金剛頂寺、五台山、禅師峰寺、清滝寺をクリアしての平均27kmだから、たいへんがんばったと言っていい。四国遍路全体では約1100kmなので、今回だけで全体の4分の1近くを歩いたことになる。

せっかくの機会なので、改めて歩きお遍路マイルールを紹介しておくと、

① 順打ち、区切り打ち。現地との往復は航空機。

② その日の歩き終わりから宿泊施設までの移動手段は、宿の送迎または電車・バス等を利用してもよい。次の日の歩き始めは、前日の最終地点まで戻ってスタートする。

かつて歩きお遍路が盛んだった頃には宿坊・民宿が多く営業しており、歩きだけで完結させることも可能であったと思われるが、昨今その多くが廃業を余儀なくされており、宿泊施設までの移動なしに歩き遍路を行うのは困難になっている。そこで、送迎や交通手段を使ってもいいことにした。

③ ②との兼ね合いで、宿泊施設等に荷物を預けることが可能な場合は、軽装で札所を回ってもいい。

江戸時代にも、山の上にある札所では、麓に荷物を預けて往復した。真念「四国遍礼道指南」にも、どこどこ村のだれそれが預かってくれるなど逐一説明してある。

④ 江戸時代に渡船を使った場所では、渡船の使用可。

江戸時代には大きな橋はかけられなかったから、渡船を使ったと書かれている。真念が舟を使うと書いてある場所については、渡船を使用してもいいことにした。

さて、今回長丁場を歩いてみて実感したのは、景色をのんびり見て、温泉でゆっくりしてなどという余裕はあまりないということであった。

朝はできるだけ早く出発して距離を稼ぎたいし、歩き始めるとなるべく目的地までの目処がつくところまで早く着きたい。これは残り距離が長いと精神的につらいということの他に、道中トイレがないところがたいへん多いので、安心できる場所まで早く行っておきたいということがある。四国遍路を世界遺産などという声はあるが、そのあたりの整備はまだまだである。

昼食も少し楽しみにしていたのだけれど、実際には歩いているうちはそんなにお腹がすかない。だから日程の後半では、アイスクリーム(特にコンビニで買うクーリッシュ)や自販機の飲料ですませることが多くなった。

夕飯も、予定では高知市内に着いたらいろいろ食べようと思っていたのに、実際には風呂に入ると後は洗濯して寝るくらいしか余力がなく、デパ地下やコンビニ飯ですませることになったのは、昔の出張のようであった。

そして、自分でも予想外だったのは、どこの寺を何時に出て、夕方何時のバスに乗って、などと思っていると、いつの間にか早足になっていることであった。よく考えれば急ぐ理由などあまりないし、遅れたら次のバスにすればいいだけの話なのだけれど、そのあたりはまだまだ修行が足りない。

実は、参考にしている遍路地図「四国遍路ひとり歩き同行二人」の距離表示はかなり適当で、7kmと書いてあるのに実は9kmあるということが頻繁にある。7kmなら2時間あれば着くだろうと思っていても、実際には9kmあるので全然着かないというケースはしょっちゅうである。たいへんいらいらしながら歩くのだが、よく考えるとそれもこれも含めてお遍路なのであろう。


須崎市営浦ノ内湾巡航船。ここを舟で移動するのは、江戸時代からお遍路のスタンダードだったようです。

[Oct 24, 2016]