099 新年の抱負「少欲知足」~せいうち日記99 [Jan 18, 2017]

2017年が明けた。なんといってもリタイア後はじめての新年であり、感慨深いものがある。記事にも書いたように職業訓練校に行くことにしたので、しばらく忙しくなるのだけれど、その前に今考えていることを整理しておきたい。そうしないと、半年一年あっという間に過ぎてしまうからである。特に、NFLシーズンが始まってしまうと早い(w

新年というと、今年はこれだけはしたい、ここには行きたいということを考えがちであるのだが、今年はそういったことは考えないようにしようと思っている。お釈迦様がいうところの「少欲知足」、孔子いうところの「心の欲する所に従い、矩をこえず」の境地をめざそうと思うのである。いきなりは無理としても、なるべくそういう心がけでいることは大切だと思う。

思えば、これまで何十年も、目の前の仕事を片付けることに優先順位を置いて生きてきた。カネがすべての世の中ではない、待ったなしでなくてもいいんじゃないのと思いつつ、そうした傾向に流されてきたのは、給料をもらって暮らしてきた以上は仕方のないことだったかもしれない。

でも、リタイアを機に、そうした考え方とは一線を画すことにしたい。こうして毎日を暮らしていると、この毎日がずっと続くように錯覚するが、少なくともあと数十年のうちに明日がない今日が必ずやってくる。それまでの一日一日を、なるべくストレスフリーに、今日もいい一日だったと満足して過ごせるようにしたいと思うのである。

いまだによく思い出すのは、ポーカーをしていて、maosさんが「ああ、今日もよく遊んだ」と言ってテーブルを立たれていたことである。トーナメントは100人いれば99人が負けて終了する。参加するほとんど全員が、必ず途中で負けるのである。だとすれば、勝とう勝とうと思っていると、その希望はほとんどかなえられることはない。

だから、勝ち負けとは別の次元で楽しみを見つけていかないと、せっかくの時間が無駄になってしまう。そう考えると、ポーカーの楽しみというのは1ハンド1ハンドの中に見つけられる。きっと人生もそういうものなのだろう。勝ち負けを左右するのは確率(偶然ともいう)だが、考えること自体が楽しいのである。

新年にふと、子供の頃何をしたかったっけと思い出してみた。私の十歳年上は戦争直後なので腹いっぱい食べることが望みだったと聞くが、ありがたいことに何を食べたいという切実な望みはなかったように思う。覚えているのは、海外旅行に行きたいと思ったこと、家にプールがあったらいいなと思ったこと、トランシーバーがほしかったことであった。

あれから半世紀以上経ってみると、海外旅行には何十回も行ったし、プールはスポーツジムにあるので行きたい時に行ける。トランシーバーどころじゃない情報機器であるケータイがこんなに普及して多機能になるとは思わなかった。もちろん、お腹をすかせたことも貧乏したことも、ほとんどなかった。子供の頃に願ったことの多くが叶えられているのである。

そしていま書いていて思い出したのは、いまから三十数年前、社会人になりたての頃のことである。当時勤めていた銀行の先輩と芦屋の六麓荘(高級住宅街である)のあたりを車で通っていた時に、その先輩が「住む世界が違うから」と吐き捨てるように言ったのである。

その時は、銀行員なのにそんな夢のないことでいいのかなあと思ったものだが、あれから三十数年たって思うのは、たいして違う世界ではなかっただろうということである。10の要素があったとして2か3は確かに手が届かない世界だけれども、2か3は手が届く世界だし、残りの5つは程度問題ではないかと思う(ペトリュスかラトゥールポイヤックかという違い)。

そうしたあれこれを考えあわせると、いま漠然と願っていることのほとんどは、「もっと・・・したい」という相対的なことであって、絶対的に何かが不足しているということではない。だとすれば、「少欲知足」、自らの欲望をコントロールして、他人との比較や相対的な多い少ないではなく、あと残された期間で本当にしておきたいことは何なのか、考えなくてはならない。

話は変わるが、1月8日の日曜日、奥さんとコンサートに行ってきた。ウィーン交響楽団ヨハン・シュトラウス・アンサンブルの演奏で、佐倉市民音楽ホールの新春コンサートである。

奥さんはたいへん喜んでくれたし、いい演奏だった。私としては、バイオリニストが「チゴイネルワイゼン」で超絶技巧を見せるとゴルゴ13がG線を狙撃したらどうなるんだろうとか、「美しき青きドナウ」を聞いているとどうしてもモンティ・パンソンの爆破ギャグを思い出してしまうということはあったけれども、美しい音楽で新年を祝うことができて本当によかったと思う。

これまでの60年間で、もっと時間を割きたいと思いつつできなかったのは、いい音楽を聴くことだと思っている。CDでもTVでも音楽に変わりはないのだが、生で聴く演奏には一期一会の感動がある。演奏する方も今日の演奏は今日限りのものだし、聴く方だって同じである。基本は「少欲知足」ではあるのだが、そのあたり可能な範囲で欲張ってみたいものである。

[Jan 18, 2017]