813 桧枝岐温泉 燧の湯 [Nov 2, 2015]

桧枝岐(ひのえまた)村には若い時からよく来ていて、最初に泊まったのは40年前のことである。高校時代の同級生のグループ3人で、沼山峠から尾瀬沼まで往復して桧枝岐に戻って泊まった。夕飯の後にお酒をお願いしたら、サービスでお新香の盛り合わせを付けてくれたことを思い出す。当時は野岩鉄道がなかったので、五十里(いかり)ダムからバスで3時間かかった。

以来、桧枝岐村や、山をはさんで反対側、栗山村の川俣湖・湯西川エリアには何回も来た。日光・鬼怒川あたりまで含めると、ほとん毎年来ているといってもいい。なぜこのエリアに足が向くのか、自分でもよく分からない(お新香のせいだろうか)。距離的時間的にはほとんど変わらないのに、群馬県、茨城県には数えるくらいしか行ったことがないのだ。

さて、その桧枝岐村には、昔からいくつかの公衆温泉がある。旅館・民宿の多くにも温泉は引かれているが、大きな湯船の方が気持ちがいいのは観光客も地元の人も同じである。尾瀬に近い方から、燧(ひうち)の湯、駒の湯、アルザ尾瀬の郷の3つで、アルザは後からできたと思う。今回紹介するのは燧の湯、名前がはもちろん燧ヶ岳から採っている。

その昔は、桧枝岐温泉第一公衆浴場といった。場所的には、もう少し川寄りで建物も少し小ぶりだった。現在でも、中土合公園駐車場の脇に昔の建物が残っている。いまの建物はずっと大規模であり、施設もまだ新しく、広々としている。これについては、以前誰からか忘れたが面白い話を聞いたことがある(温泉に入っている地元の人だったかもしれない)。

村営とはいえ、そういくつも贅沢な施設を作る訳にはいかないだろうと思っていたら、じつはこの施設、GATTウルグアイラウンドの農村補助金で作られたそうである。聞いた話なので本当はそうでないかもしれないが、いかにもありそうなことである。わが印西市(旧・本埜村)でも、ウルグアイラウンドの補助金で印旛沼に至る水路を整備している。

GATT(ガットと読む)そのものが自由貿易推進のための関税撤廃を究極の目的としていて、現在はWTOに発展的に改組されている。つまり、今日話題となっているTPPの20世紀版である。そしてウルグアイラウンドといえば二十年前、まだまだバブルの雰囲気が色濃く残っている時期で、国家財政にも余裕があった。

ウルグアイラウンドを受け入れるため、当時の政府は莫大な補助金を準備して、農家の反対を押さえた。当時の首相は日本新党の細川首相だったが、短命の細川内閣(1993年8月から1994年4月)にそこまでの政策が立案できたはずはないので(ウルグアイラウンドの交渉は1986年から1994年まで8年間に及んだ)、当然農水省と自民党政権において政策化されたものであった。

その莫大な補助金が、本来の目的である農家の経営基盤の拡充(私の地元のような水路整備や大規模化のための区画整理)に使われただけではなく、いわゆる地方のハコモノになってしまったのは、やむを得ないこととはいえ無駄遣いと言われても抗弁できない。あるいは、現在の財政赤字の一つの要因となっているかもしれない。何しろ財政規模的には1988年に行われた「ふるさと創生1億円」の数倍以上のインパクトがあったのである。

(もちろん、今日の財政赤字の最大の要因は、大甘の計画で設計して破綻しつつある年金である。)

 

燧の湯エントランス。以前はもう少し川沿いにあったようで、そちらにも古い建物が残っている。

 

さて、燧の湯に話を戻すと、入口に書いてある営業時間は午前6時からとおそろしく早い。もちろん、尾瀬の観光客を想定しているのだろう。中には食堂・レストラン等はないが、自動販売機はある。エントランスは広々としていて、マッサージ椅子の他、足つぼマッサージなども置いてある(10分100円)。

泉質は硫黄泉であるが、色は無色で硫黄臭もそれほどきつくはない。浴槽もカランも10人以上は楽勝で入れる広さである。備え付けのシャンプーやボディソープは自然にやさしいのでやや泡立ちがよくないが、まあこれは仕方がない(尾瀬に行けば石鹸・シャンプー禁止である)。

野趣あふれているのは、露天風呂である。こちらも10人くらいは入れる広さだが、「源泉かけ流しです」と書いてあって、浴槽の中でも湯口と反対側では温度が違う。ちょうどいい湯加減のところに入れるのは4、5人かもしれない。外から遠慮なく飛んでくる落ち葉と、湯の花のような細かな何かの毛のようなものが入っている。まさに山の中にある温泉である。

そして、内湯からだとガラスを通して見ることになる御池から会津駒ヶ岳に至る稜線が、露天風呂からだとさらに眼前に迫ってくるのは圧巻である。露天風呂に下りて行く階段から中土合公園の橋が見えるので、もしかすると向こうからもこちらが見えるようなのはやや気になるが、これも野趣のうちだろう。

尾瀬を歩いて帰る前には、ここか、御池ロッジの日帰り入浴で汗を流すことをぜひお薦めする。御池ロッジの風呂には時間制限(12時から5時)があるので、それ以外の時間ならこちらである。実際、奥さんが入っていた女風呂では、平ヶ岳に行ってきたという単独行の山ガールに話しかけられたそうで、そう思っているのは私だけではないようだ。


燧の湯の後方エントランスからは、御池から会津駒ヶ岳へと続く稜線がみごと。露天風呂からも望むことができる。

[Nov 2, 2015]