812 田酒の旅 [Feb 1, 2012]

田酒(でんしゅ)という酒がある。青森の地酒で、しばらく前から入手困難と言われる「幻の酒」である。

最近ワインに凝っているものの、日本人たるもの日本酒の良さが分からないといけない。これまで贔屓にしてきた「久保田」の味が、しばらく前の中信越地震で被害を受けてから微妙に違ってきたため、新たな可能性を求める必要がある。今年は年末年始にほとんど休暇らしいことをしていないため、この週末は奥さんを連れて急きょ青森に出かけてみたのであった。

東北新幹線が青森まで延びたためか、JALの特典航空券は直前まで空席があった。土曜日に行って日曜日に帰ってくる便を予約。しかしなぜかこの週末はホテルが一杯なのである。仕方なく、禁煙ルームではただ一室空いていた東横インのダブルを予約。ダブルに二人はちょっと狭いが、寒い時期だけに何とかなるだろう。

(余談だが、この日ホテルが一杯だったのは、どこかの学校の入学試験があったのと、旧正月で大勢やってきた中国系の観光客のせいだったようである。)

羽田発10時10分の便で青森へ。雪で引き返す可能性がある「条件付き運航」なのはちょっと心配だが、前日も条件付なのに全便到着しているし、これまで何百回も飛行機に乗ってきて着陸不可とか到着地変更になったことはない。だからきっと大丈夫なはずである。

11時過ぎに「あと15分で着陸」のアナウンスが入る。窓から下を見ると青森湾(陸奥湾)が見える。青森便は、いったん空港を過ぎて青森湾に出てから戻って山腹の空港へ向かうのが常である。上空から青森湾は見えていたのだが、しばらくすると雲の中に入ってしまう。降下を続けてきたはずなのに、なぜかエンジンが出力を上げて機体は上に向かっている。

機長から「着陸体制に入りましたが、地上の天候が悪く着陸を見合わせております。再度、着陸を試みます。」とアナウンスが入る。再びぐるっと回って青森湾上空へ。そして「あと10分で着陸」のアナウンスが入り、再び雲の中、そして再び降下中止、二度目も着陸できなかった。

次の機長からのアナウンスは、「地上の天候が悪く、着陸を見合わせております。再度、着陸を試みますが、これで着陸できない場合は羽田へ引き返すこととなりますので、ご了承ください。」とのこと。わざわざここまで来て戻るのかと思ったが、こればっかりはどうしようもない。奥さんは、「ここまで来て帰ることになったら、くやしいから一番高いワインを開けてやる」などと言っている。

さて3度目の着陸体制。再び青森湾から雲の中へ入り、しばらくするとこれまで見えなかった下の視界が開けた。これは何とかなるかと思ったら、どんどん山が近付いて着陸。思わず何人かから拍手。後で空港の表示を見たら、予定時刻から35分の遅れだった。

ちなみに、次の日の羽田→青森便は朝一の便がとうとう着陸できずに引き返し、われわれが乗った10時の便は欠航だった。だから、かなりきわどいタイミングだったということになる。

 


青森空港。到着時にはこんな天気でした。

 

なぜに田酒(でんしゅ)というのかというと、読んで字のごとく「田んぼの酒」、つまり国内原料にこだわった純米酒というのがHP等に書かれている正式見解である。ただ個人的には、おそらく蔵元の西田酒造店を田酒と略していて、それが酒の名前になったとみているのだが、どうだろうか。

さて、ようやく空港に着いたが、道路は完全に凍結していてバスはゆっくりと進み、市内に入ったのは午後1時を回ってから。ホテルに荷物を預け、古川市場で「のっけ丼」の昼ごはん。そのあと駅前の公共施設ビル・アウガ(ここには市立図書館とかも入っている)の地下にあるなじみのお店へ行って、鮭、にしん、数の子、青森産にんにくなどを調達する。

荷物は宅急便で送ってもらい、さらに他のお店でうにや貝、たらこを見たりしていると、何と「田酒<たっぷり>あります」と書いた紙が貼ってある。地下の市場の中にある食事処「田」である。名前からして田酒が置いてありそうなのだが、問題はまだ3時にもなっていないということであった。

「飲んじゃおうよ。車で来てる訳じゃないし」と奥さん、「もし夜のお店で置いてなかったら後悔するよ」。まあ言われてみるとそのような気もするので、百席以上あるテーブル席に座る。他のお客さんは2、3組。大体みんな同じような年格好なのはおもしろい。

田酒と生ビール、ほっけの焼いたのとお新香の盛り合わせを注文。やがて田酒登場。お猪口で来たので燗酒なのかと思ったが、もちろん冷や酒である。最初の印象はすんなり飲める酒だなということだった。純米酒というと、えてしてちょっと甘みが残るしつこいめの味が多いのだが、そうした後味は全くない。また、日本酒によくあるアルコール臭があまり感じられない。

焼いたほっけもすぐそばで売っているものだから、身離れ抜群でこれもおいしい。ごぼうやかぶの入ったお新香の盛り合わせも絶妙の塩梅で、田酒によく合う。とはいえ、これでお代わりしたら夜まで腰を上げられなくなるのは必定だから、一杯だけでがまんして席を立つ。お勘定は2000円ちょっとで、公共施設の中とはいえかなり安い。

たった一合の田酒だったけれど、その後東横インに帰って日が暮れるまで寝てしまうくらい効いた。その間も雪は降り続き、いつしか外は真っ暗になっていたのでした。

 


青森郷土料理の店「鱒の介」。駅前ファミリーマートの2階にあります。ここの話は次回に。

 

夜の部は東横インから歩いてすぐ、ファミリーマートの2階にある郷土料理の店、「鱒の介」(ますのすけ)へ。ここは前もってインターネットで調べたところ、田酒を置いてあると書いてあったのである。以前に、とあるホテルの中にある日本料理店で田酒を切らしていたことがあるので(一見さんなので、体よく断ったのかもしれない)、あえて小さな店を選んでみた。

鱒の介とは、鱒のでっかいやつである。ニックネームのように聞こえるが歴とした正式名であり、魚介類図鑑にも載っている。サケ類の中で最も大きな種なのだそうだ。もともとシベリア方面にいる魚で、海流の具合で北海道や本州北部でも獲れることがあるらしい。

それはそれとして、田酒である。さっそくお願いしたところ、最後の1本(1升瓶)だそうである。あるだけは飲ましていただけるそうだ。残っているのが山廃仕込みだけなので、普通の田酒の値段で出しているとのこと。1合860円、決して安くはない。

市場の中と違って、コップを入れた枡に、冷やした一升瓶から注いでくれる。さきほど飲んだ「標準の田酒」よりも、さらにキレがいい。家の奥さんは「まるで水のようだ」と言う。店のおばさんは、「ワインに似ているというお客さんもいます」とのことであったが、そこはやっぱり違う。

「美味しんぼ」の最初の頃に書いてあったけれど、ワインと日本酒には果実酒と穀物酒の違いがある。「生ガキにシャブリは合わない」というセリフがあったが、基本的にワインと魚(特に生の魚)は相性が良くないようだ。ワインに似た日本酒というと「上善如水」のように香りが立った酒を指すことがあるが、個人的にあの香りはあまり好きではない。

その点、田酒は非常にキレがいい。前回も書いたけれど、純米酒のイメージからすると驚くほどの辛口である。しかも、アルコールの辛さではない、米と麹の醸し出す辛口なのであった。これが魚とは非常にしっくりくるのである。醸造用アルコールが加わった「淡麗辛口」とはちょっと違うのだが。そのあたりは、飲んで試していただく他にない。

肴は、まずお造り(まぐろ、いか、ホタテ)。次に焼き物。湯豆腐お新香と続いて、締めはタラのじゃっぱ汁(私はあらが苦手なので十三湖のしじみ汁)とおにぎり。奥さんは田酒をおかわりし、私は他のお客さんの分がなくなると悪いので、同じ西田酒造店の喜久泉をお願いした。お勘定は1万2千円。半分は酒の値段である。

昼間から飲み続けた酒はさすがに効いて、狭いダブルベットに夫婦で泥のように眠った。その間も雪は降り続き、翌朝の東京→青森便が欠航になることはこの時には全く気付かないのでした。


という訳で、買ってしまいました、田酒。

[Feb 1, 2012]