113 酔って道端に寝た話 [Jun 5, 2008]

最近はあまりお酒を飲まないので急激に弱くなってしまったが、昔は際限なくお酒が飲めた。この季節になると思い出すのは、酔って道端で寝たことである。

いまから22年前の1986年、3年間の大阪勤務から東京に戻ってすぐのことだった。当時は、一軒目ニュートーキョーで飲み、二軒目銀座のはずれにあるカラオケスナックで歌いつつ飲み、最後にラーメン屋で食べつつ飲むという三段活用で終電あるいはタクシー帰りという日が週に何回かあった。その日は金曜日あたりで、おそらく翌日が休みということでがんがん飲んだものと思われる。

最後の店がどんな店だったかよく覚えていないが、時間はとっくに真夜中を過ぎて終電も行ってしまっていた。場所は東銀座のあたりで、なぜか他のみんなとはぐれて一人になってしまったのである。財布をみると何千円かしか残っておらず、タクシーで帰るには現金が足りない。それでも飲んでいたのは、当時大阪ではタクシーの精算がクレジットカードでできたから、当然東京もそうだろうと思って安心していたのである。

車があまり通っていなかったので銀座通りに出て、タクシーを止めた。そして、「クレジットカードで」というと、どのタクシーも「うちはチケットしか使えません」というのである。十台くらい聞いてみんなそう言われて、ようやく気がついた。東京ではクレジットカードでタクシーに乗れないのだ。

それでも何か方法があったはずなのだが、なにせ酔っ払っているもんだからどうしていいか分からない。時計をみると午前3時近くである。4時半くらいになれば、国電(まだJRになる前である)も動き出すだろう。それまでどうするかと考えていたら、そこに地下鉄駅に下りていく階段があった(おそらく銀座駅か、銀座一丁目駅)。

階段の途中からはシャッターが閉まっていて行き止まりであるが、風よけにもなるし一休みするにはちょうどいいように思われた。シャッターの前まで下りて行き、階段に腰をおろす。頭の下に枕がわりにかばんを置き、足をシャッター近くまで伸ばすと、階段の傾斜がちょうどいいあんばいでなんとなく寝られるような気がする。もうこれ以上動くのは面倒くさい。そして、そのまま眠ってしまったのである。

目を覚ましたらもう5時で、2時間近くはそのまま眠っていたことになる。あたりはまだ暗かったが、後は電車に乗ってしまえば家に帰れる。そして二日酔いのもうろうとした頭で、有楽町の駅へと向かったのであった。

後から調べてみると、当時東京ではクレジットカード会社がタクシーチケットをカードとは別に出していて、それを使わなければタクシーに乗れないということが分かった。さっそくそれを取り寄せたのはいうまでもない。ちなみに、当時も個人タクシーのチケットはあったが、私はほとんど見たことがなく、会社を変わってからみんながばんばん使っているのを見て相当驚いた。

いま考えると、寝ている間に身ぐるみはがされるおそれもあったわけで、相当に危ないことであった。そしてその後はそうなる前に家に向かったのでそんなことはなかったのだが、今から5、6年前にもう一度そういう目にあってしまった。それはまた別の機会に書くとして、私が酔っ払って道端に寝たのは、この2回がすべてである。

 

さて、あと一度だけ道端に寝たことがあって、それはかれこれ7、8年前のことになる。場所はJR錦糸町の駅前である。

錦糸町は私にとって特別な場所である。船橋市に住んでいた私が大学まで通ったのは総武線の黄色い電車であった。総武線沿線で、東京都に属する最後の盛り場が錦糸町であり、ちょうど東急線沿線に住む人が渋谷に感じるイメージが、私が錦糸町に感じるものであるといってもいいかもしれない。

ここには、中央競馬(JRA)の場外馬券売場がある。総武線で東京と千葉の境は小岩になるが、小岩にはなにしろ場外売場がない(江戸川競艇は近いが)ので、東京といえば錦糸町だった。社会人3年生の頃まで、ほとんど毎週来ていたのではなかろうか。

そうしたことから、なぜか錦糸町には愛着があって、東京都心で前後不覚になると、タクシーで錦糸町に来るという癖が昔からあった。錦糸町は帰り道だが、これ以上乗ってしまうとタクシー代が高い。そこでカプセルホテルに泊まってしまおうという訳である。

かなり以前から錦糸町の駅の近くにはカプセルホテルがあって、どんな真夜中に行っても満室であったことがない。3500円くらいでサウナつきのカプセルホテルに泊まり、翌朝家に帰ったり再び会社に向かうのであった。

そんな訳で、この夜も酔っ払って錦糸町までタクシーでたどり着いたのだが、その時に限ってどうにもこれ以上歩けなくなってしまったのである。わずか300mばかりのカプセルホテルへの道にどうしても進めない。結局そのまま駅前で座り込んでしまった。

足は動かないのだが、意識はちゃんとある。すでに終電が出て駅のシャッターは閉まっている。その前に座って足を伸ばし、シャッターに寄りかかると大分と楽になった。楽にはなったが、再び立ち上がることがどうしてもできない。

結局、そのままそこで寝てしまった。真夜中だというのにタクシーがたくさん止まっていてたいへん明るく、それほど怖いとは感じなかった。ただ、時々東南アジア系のお姉さま方が来て、「マッサージいかが?」と営業されるのには困った。「もう歩けない・・・」と半分寝ながら断った。

そのままおよそ2時間、4時頃になるとシャッターの開く音がして目が覚めた。その時にはなんとか歩けるくらいに回復していたので、立ち上がって家に向かったのであるが、これが今のところ道端で寝た最後である。

[Jun 5, 2008]