913 函館カレー「こいけ本店」vs「元祖こいけ」 [Sep 4, 2015]

キノさんの写真展を見た後、十字街周辺を散策する。このあたりは函館山から地続きになったあたりで、陸の幅がもっとも狭い場所である。ということは、そもそも函館港が作られた場所に近く、一番早くから栄えたところである。石川啄木の住んだ青柳町も近く、明治大正時代の繁華街ということになる。

その後、青函連絡船が通って現在のJR函館駅近くに繁華街が移り、さらに現在では五稜郭の近くが開発の中心となっている。それと、私がニュースで見ただけでも何回かの大きな火災があって、十字街周辺はかつての姿をほとんど残していない。その点では函館駅周辺も同様で、私の若い頃飲みに行ったあたりは、ほとんどが更地と駐車場になってしまった。

こちらの事情に詳しい方によると、こうした衰勢はかつての「日ソさけます漁業交渉」がなくなってしまって以来という。交渉結果に基づき北方海上で漁獲されたさけますをはじめとする水産物は、消費地である本州に近い函館に水揚げされることが多く、水産関係者や商社など函館に駐在したり寄港したりする人もたくさんいたため、町が栄えたということのようだ。

そういわれてみると、ここ30~40年の間に私が見て感じただけでも、市場の魚は大分少なくなってしまったし、市場自体も縮小してしまった。いまの函館朝市は観光客(それも日本以外の)目当ての食堂が中心になっているが、かつては鮭にしても蟹にしてもイカにしても、もっともっと数が多かったし、市場にも活気があった。

さて、その十字街に、「小いけ」の名を冠するカレー店が路地を隔てて2軒並立している。「小いけ本店」と「元祖小いけ」である。市電通りに面した「本店」は創業者・小池義次郎氏の大きな肖像画を掲げ、店の造りも大きい。そして「元祖」はというと、街の喫茶店のようなというか、規模的には「本店」より小さい。入口が開け放たれているところをみると、冷房もないようである。

どちらに入ろうかとちょっと迷う。いずれにしても伝統の味ということは、小麦粉とバターを炒めてS&Bのカレー粉をまぜたような味が予想され、今日的なスパイスの利いた味とはかなり違うように思えた。値段はというと、「元祖」の方が安いようだ。これは固定費の違いによるものか。

などと考え考えしていると、次から次へとお客さんが「元祖」に入って行くのである。およそ5分くらいの間に地元の人と思える3~4組が「元祖」へ、その間「本店」へは誰も入っていかないのだ。実はこの日少し暑くて、できれば冷房の効いた店の方がよかったのだが、ここは「ツラを張る」手である。私ものれんをくぐって「元祖」に入った。

中年の(といっても私よりも若い)おばさんが店に出て、奥の厨房では2人が忙しそうにしている。大きな寸胴の鍋をかき回しているのが、おそらくカレールー。壁に貼られている品書きをみると、いま風に辛さレベルなどはなくて、カレーとカレー大盛り、それにカツ丼はじめカツのメニューが充実している。カレー普通盛りをお願いする。

待つことしばし、店名の入った平皿に丸く盛ったライスと、器に入ったルー、紙ナプキンでくるくる巻いたスプーンが運ばれてきた。50年くらい前のカレーライスのスタイルである。器からルーを一気にかける。いまのカレー店はルーがすでにかかった状態で出されるが、昔はこうやったものである。でも私は一気にかけてしまうのでほとんど同じといえば同じだが。

伝統の味はいま風に言うと甘口に近い辛口で、けっして中辛以上ではない。反面、スパイスだけの辛さとは違って、味が深い。おそらく果物や野菜のすりおろしが入っていると思われる。決して嫌いな味ではない。そういえば、昔クッキングパパに、インスタントコーヒーを入れるとうまいと書いてあったし、美味しんぼには、漢方胃腸薬をかけるといいと書いてあった。

もう一つ気に入ったのは、ごはんに対してルーの量が多いことであった。私などはココ壱番屋に行くとルー多めにしてもらわないと足りないのだけれど、「元祖」のルーは多めにしなくても十分にあった。もっとも、多めと注文すると器が2つ来てしまうのかもしれない。

普段のお昼はカロリーメイトで済ませてしまうので、普通盛りでお腹が一杯になってしまい、「本店」をはしごできなかったのは残念。後から地元の人に確認したところでは、どちらかに行くとすれば「元祖」だということなので、ツラを張って正解だったということであった。


元祖小いけのカレー普通盛り。暖簾の言うとおり伝統の味です。


「元祖」は市電通りから少し路地を入ったところにある。最初の店はここにあったとのことだ。


こちら市電通りに面した「本店」。写真の人物が伝統の味・小池氏。本店は息子の、元祖はもと従業員の系統。どちらにもレシピは残していなかったらしい。

[Sep 4, 2015]