013 与論島 [Feb 15, 2015]

先日のブログで書いたように、先週、沖縄と与論島に行ってきた。沖縄は仕事とプライベート合わせて7~8回目になるけれど、与論島は初めてであった。

那覇空港に下りて思ったのは、とにかく暖かいということである。出発した日の朝は1℃しかなかったのに、飛行機に乗って下りただけで15℃以上。厚手のシャツにユニクロの暖パンとダウンで行ったのだが、これでは暑すぎた。宿に送ってあった薄手のシャツと夏用ズボンで過ごした。風が強かったので、ダウンは着たり脱いだりした。

那覇空港から与論空港まで、飛行時間は30分ほど。いまどき珍しいプロペラ機で、40人乗りと小さく、2月の平日なので乗客は10人ほどであった。何年か前に乗った伊丹・但馬もこの位だったが、サイパン・テニアンのセスナよりかなり大きい。ただ、ちょうどこの日のほぼ同時刻に台湾で墜落事故があったので、夜のニュースを見てちょっとびびった。

3日間与論島にいて、合計で20~30km歩いた。行く前にはレンタサイクルを使う計画だったけれど、連日10m以上の強い北風が吹いて、少し危ないかなと思って歩きにした。周囲20kmほどの島なので単純計算では1周以上したことになる。高いところに登ると3方向くらいに海が見える。

泊まったのはハマダことヨロン島ビレッジ。映画に出てくるのはペンション棟と呼ばれる長期滞在用の宿泊棟で、ホテル棟は敷地の上の方にあって敷地内の階段を登って行く。映画では、ホテル棟を映さないようなアングルから撮影していた。ホテル棟の部屋からは、海岸から海、遠くに伊平屋島・伊是名島あたりの島影を臨むことができる。

映画ではコージという名前だった犬のケンが現在もいて、もう一匹のマーゴと一緒に宿の入口の道路でたそがれている。近づいて行っても、全く吠えないのは映画と同様である。

夏はマリンレジャーに多くの人が集まるだろうと思われるくらい、島中いたるところにきれいなビーチがある。日本では珍しくサンゴ礁に囲まれた島なので、ダイビングスポットもたくさんある。逆に冬に来てもあまりすることはない。映画でも、「この島に観光するところなんて、ありませんよ。」と言っていたくらいである。ロケ地めぐりが定番らしく、行く先々で同年配の旅行者や修学旅行の高校生と会った。

初日はまず、宿近くの海岸、メーラビビーチに行く。人家の軒先を抜けて、細い道を200mくらい進むと海が見えてくる。青緑色の、なんともいえないきれいな色の海である。砂浜もきれいで、まるで小麦粉のように細かくてさらさらの砂である。あいにくの強風で、「たそがれる」ことはできなかった。歩いて30分ほどの町へ向かう。

町の中心には町役場や漁港、ホームセンター、薬局、コンビニと小さな魚屋さんが何軒かある。そして映画で小林聡美が毛糸を買ったAコープがいちばん大きい店舗である。小さな町なのに飲食店が結構多いのは、観光客が主な客層なのだろうか。あるいは、港町には酒場が多いと昔から言うくらいで、漁師さんの拠点なのだろうか。

宿から町に行く途中に、数十頭の肉牛を飼育している畜産農家があった。与論牛というブランドはあまり聞かないが、石垣牛と同様に子牛を大きくして本土に出荷する肥育が主のようだ。全国のブランド牛の何割かは、子牛の頃こうして気候が温暖な南の島で育てられることもあるらしい。だからこの中には、将来ブランド牛になる者もいるのかもしれない。

牛の他に、道端にヤギが飼われているいるのも南の島ならではである。宿の近くにいるのが黒ヤギ、次の日に島の向こう側で白ヤギが飼われていた。本当に白ヤギさんと黒ヤギさんがいたんだなあとおもしろく思った。あたりに生えている草を食べて、丸々と太っていた(ヤギは紙も食べてしまうが、本当はヤギにとって良くないらしい)。

 


ヨロン島ビレッジ。手前が「めがね」で使われたいわゆるハマダ。後方、丘の上がホテル棟。


細い道を抜けて海岸へ。与論島はいたるところに砂浜があります。海の色が何とも言えません。

 

翌日も風が強かったが、歩いて島の海岸めぐりをした。宿から20分くらい歩くと、宇勝海岸。ここは小さな漁港になっていて、防波堤のところで光石研や加瀬亮が釣りをしていた。さらに30分、ちょっと中に入ってサトウキビ畑の中を歩いていくと「めがね」の主要ロケ地である寺崎海岸に着く。

映画でもたいまさこが氷売りの小屋を建てて、メルシー体操をやっていた場所である。両側を岩で区切られた、手頃な大きさの砂浜である。とにかく砂がきれいで、沖合にサンゴ礁があるため強風の割に波打ち際は静かである。夏は若い人達がたくさん来るのだろうが、冬だけにほとんど人は来ない。来るのはロケ地めぐりの中高年がぽつりぽつりとである。

翌日も出発までの時間にもう一度ここへ来たのだが、その時は町役場の軽トラックが止まっていて、職員の人が三人、砂浜の清掃をしていた。ずいぶんきれいになっていると思ったら、陰でそういうご苦労もなさっていた訳である。この時期、人はあまり来ないのだけれど、海から中国語やハングルのペットボトルが結構流れて来ているのであった。

寺崎海岸からは、与論マラソンのコースを4~5km歩いて島の東側に向かう。マラソンコースには1kmごとに立派なキロポストが置かれていて、道がわかりやすい。えらく立派だなと思ってよく見ると、横にJALのロゴが入っていた。経営破たん前に手当てしたものだろうか。

道の両側はたいていはサトウキビ畑である。すでに刈り取られて土色になっている畑もある。今まさに刈り取ったサトウキビの茎を細断する機械を動かしているところもあり、その近くでは余分な葉や枝の破片が盛大に飛び散って、またそれが強風にあおられて飛んでくるのでよけながら歩かなければならない。

見渡す限り2、3軒の家しか見えない場所が多いのだが、基本的に平坦な島なので、構造物が全く視界に入らないという場所はない。映画では半日歩いて何もないという設定なので、うまく撮影したものである。よく出てくるのは牛小屋で、建物を見付けるより早く匂いがただよってくる。1棟に10頭とか20頭くらいを飼っているようで、あまり規模は大きくはないのかもしれない。

島の東側には沖に砂浜が浮かんでいるという南太平洋的な海岸、百合ヶ浜があって夏には人出があるのだろうが、冬なのでほとんど人と出会わない。キャンプ場も民宿も開店休業状態であった。

さて、島の南側まで歩くと、「マリンパレス」こと民宿・星砂荘がある。ここもぜひ見ようと思って楽しみにしていた。映画では宗教の人(薬師丸ひろ子)がやっているあやしい宿だが、もちろん普通の民宿である。あと、映画では畑の中の狭い道を奥に入ってくることになっていたけれど、実際には舗装道路(マラソンコース)に面した便利な場所にあった。

さて、星砂荘を出ると途端に風が強くなったような気がした。それもそのはず、この日の風向きは北ないし北西の風であり、宿からここまでは東向きと南向きに歩いてきたのでほぼ追い風だったのである。ここから帰りは向かい風。10km以上歩いて疲れているのに加え、10mを超す強風に向かって歩かなければならないので大変だった。

この日最後の目的地は島でいちばん標高の高い(それでも100mくらい)与論城跡である。ここにはサザンクロスセンターという資料館があって、5階が4方向ガラス張りの展望台である。何しろ、この日はじめて風の当たらない建物の中に入ったので、うれしくて長居してしまった。サザンクロスというくらいだからこの島からは南十字星が見えるそうで、センターの中には南十字星を撮影した写真も展示されていた。

ここからは島内循環バスに乗って町に戻り、30分歩いて宿に戻った。そして、この日歩いた歩数は29,234歩。山に行った時でもめったにない歩数を記録したのでありました。


みんながメルシー体操をした、寺崎海岸。町役場の若い人たちが清掃していました。


マリンパレスこと、民宿・星砂荘。実際には通りに面していて、映画のように不便な場所にある訳ではありません。

[Feb 15, 2015]