301 番外霊場安楽寺 [Oct 18, 2016]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

昭和から平成初めに至るまで、三十番札所が併存していたことは善楽寺の項で書いたとおり。逆に言えば、明治から大正、昭和初めまで半世紀以上にわたり、唯一の三十番札所は安楽寺だったのである。

もう一つ指摘しなくてはならないのが、真念「道指南」の道順である。「道指南」では、三十番土佐一ノ宮から三十一番五台山まで、「あぞうの村」「かうち城下」を経由しているのである。

現在、善楽寺から五台山(竹林寺)に行くのに、わざわざ薊野や高知城下を経由する必要はない。ほぼ一直線に南下すれば五台山である。江戸時代に高知城下を経由しなければならなかったのは、道指南にも書いてあるように「往来手形改」のためと考えられるが、国分寺から安楽寺を経て五台山へのルートは結果的に江戸時代のへんろ道と変わらなかった訳である。

さて、現在の三十番札所善楽寺を打ち終わった後、土佐一宮に引き上げて夜須にある土佐ロイヤルホテルに向かった。前の日に泊まって、ホテルの売店・飲食店は高くて品数もないのが分かったから、土佐一宮のローソンでカップうどんやおつまみを買って帰った。

4時21分に土佐一宮を出た奈半利行快速は、御免からごめん・なはり線に入り4時54分に夜須に着いた。30分ほど待ち時間がある。手持ち無沙汰なので駅前にある道の駅の売店に行くと、ありがたいことにビールやお酒、ジュース、牛乳とかも売っている。日本酒にゆずエキスを加えたゆず酒や、野菜ジュースを買えたのはありがたかった。

もうホテル送迎バスの時刻は過ぎているので、路線バス(とさでんバス)に乗る。奇しくも朝乗ったバスと同じバスで、運転手さんに、「朝も乗ってましたね」と言われてしまった。

ホテルに帰ってCW-Xを脱ぐと、足首から膝の裏にかけてあせもで真っ赤になっているのに気が付いた。1日炎天下で大汗をかいたので、いくら水分を放出するCW-Xとはいっても蒸れてしまったのだろう。幸いに、痛みやかゆみはない。室戸のあたりでは足の裏に豆ができかけていたが、こちらの方は悪化せずにおさまったのはありがたいことであった。

コインランドリーに洗い物を突っ込んでからお風呂に行き、ゆっくりお風呂に入る。あまりお遍路さんが来る宿ではないのか、コインランドリーが空いているのはありがたい。部屋に戻り、ゆず酒で一杯やりながら翌日の計画を再確認。この日の朝、混み過ぎでバイキングが満喫できなかったのが残念だったので、朝食時間を遅らせて7時半からにすることにした。

ごめん・なはり線は本数がないので、8時45分の路線バスでも9時10分ホテル発の送迎バスでも乗る列車は同じ。だったら30分ほどゆっくりできる送迎バスである。となると、土佐一宮に着くのは10時半頃になるが、この日は街中の歩きだから大したことはないだろうと思った。この甘い見込みが後から響くことになる。

時間に余裕があるので、翌朝は朝風呂にも入る。広い湯船にあまり人がいないのは最高で、この遠征で最後の温泉を満喫した。朝食バイキングも7時過ぎに行くと余裕で、料理を取るのも食べるのもゆっくりできた。

送迎バスは、おとといの運転手さんが運転していた。「昨日は雨が残らなくてよかったですね」「でも、かなり暑かったですよ」などと話をしながら夜須駅まで。夜須からはごめん・なはり線、そのままJR土讃線に乗って土佐一宮へ。駅に着いたのは10時20分。

引き続き日差しは強いが、前日は低気圧が行ったばかりだったので、それに比べるといくぶん涼しい。この日は2日ぶりに10kgのリュックが背中なので、歩き始めはやっぱり重い。まず土佐一宮から安楽寺を経て高知市内まで10kgの負担重量、その後はホテルに荷物を預けて2、3kgの負担重量で五台山、禅師峰寺の山登りである。

 


土佐ロイヤルホテル。ごめんなはり線夜須駅から送迎バスがある。でなければ路線バス西寄バス停から歩く。


夜須(やす)駅前は、道の駅夜須になっていて、買い物に便利。ホテルのビールは高いのでここで買う(w


土讃線土佐一宮駅。「いちのみや」でなく「いっく」と読む。無人駅。

 

妙色山安楽寺(みょうしきさん・あんらくじ)、明治時代には唯一の三十番札所であった。現在は善楽寺の奥ノ院という位置付けで、奥ノ院の多くは遍路地図に道順が載っているのだが、なぜか載っていない。

安楽寺を載せないものだから、遍路地図には高知市内の地図が駅前~はりまや橋のホテル一覧と、五台山から東と南の地図しか載っていない。大変わかりにくい。奥ノ院の中でも安楽寺に行く人はたいへん多いと思われるのに、不親切なことである。

という訳で、善楽寺より西の遍路地図空白地域に入る。ここで軽率だったのが、リュックの中に安楽寺へのGoogle Mapを入れておいたのに、出すのが面倒で記憶に頼って歩き始めてしまったことである。前日までのようにデイパックだったら、すぐに地図を確認できたのだが。

薊野通過が午前11時。ここから安楽寺は、幹線道路をイオンの先までまっすぐ行って、そこで曲がるのが分かりやすい。交通量はたいへん多く、しかも信号待ちがある。イオンの先を左に折れて、橋を渡る。このあたりは愛宕通りという商店街で、ますます信号待ちが多い。

さて、実際にはJRの鉄橋先、接骨院の角を右に折れるのだが、見逃してしまい整形外科の角を曲がる。小さな林が見えたのであれだと思って行ってみると、古民家の保存施設であった。再びリュックを下ろして地図を確認。引き返して接骨院を見つけ、角を曲がる。

そんなふうにうろうろした結果、安楽寺到着は11時55分と、土佐一宮から1時間半以上かかってしまった。おそらくここで30分くらいロスしたのだが、その時は地図がないから仕方がないとそれほど気にしなかったのが不思議である。高知市内のど真ん中のせいか、道案内はまったくない。

山門の柱に、「四国第三十番霊場」「土佐一ノ宮安楽寺」と彫ってある。札所とせずに霊場としたのは善楽寺との取り決めだろうが、土佐一ノ宮と書くところにかつての札所の意地がみえる。

ご本尊の阿弥陀如来は、神仏分離により一時国分寺に預けられていたが、明治のうちに安楽寺に移された。ということは、真念「道指南」の時代に一ノ宮にあったご本尊である。国の重要文化財に指定されている。

さきに納経所に急いで「お昼休みですがいいですか」とお願いすると、「お昼休みはいいんですが、こちらは札所ではないんですけどよろしいですか」と丁寧にお返事される。いまは、四国札所朱印帳にはあらかじめ寺名が書かれているので、こちらに来る人は分かって来ているはずであるが、親切なことである。

私がご朱印をいただいて帰るまでの間に次のお遍路の人が来て、同じ説明を受けていたから、そういう人はいまでも結構いるのだろう。本堂・大師堂を回ると、ちょうどご住職がお墓参りのお勤めをされていた。お墓参りの人達に混じって、ベンチでリュックを下してひと休みする。このように地元と密着していれば、ご朱印の収入がなくてもやっていけるはずである。

[ 行 程 ] 善楽寺 15:00 → [1.5km]15:30 JR土佐一宮駅(→土佐くろしお鉄道・西分駅→土佐ロイヤルホテル→土佐くろしお鉄道・西分駅→) 10:15→ [6.5km]11:55 安楽寺 12:10→

 


安楽寺山門。「四国第三十番霊場」「土佐一ノ宮安楽寺」と彫られている。


安楽寺本堂。街中なので建て込んでいるが、それでも規模の大きい本堂である。鉄筋コンクート造。


納経所は山門を入って右手にある。「札所ではありませんが、よろしいですか」と注意喚起される。

[Jun 10, 2017]