927 函館・四稜郭 [Oct 3, 2016]

昔と違ってしまった五稜郭を後にして、タワーのアトリウム(wifiフリースポット)でメロンソフトクリームをいただきながらメールチェック。時刻はまだ9時半なので、いまから温泉に行くのも早すぎるような気がする。図書館にでも行くかと思って通りを北上すると、「史跡四稜郭 ↑」という看板が道の脇に立てられている。

そういえば、四稜郭(しりょうかく)は五稜郭と同様に旧幕府軍が作った城郭で、国の史跡になっているはずである。記憶では、五稜郭から2、3km北だったと思うので、3~40分歩けば着くだろう(その目論見は大外れとなる。きちんと計画を立てないといけない)。まだ天気はもちそうなので歩いてみることにした。

看板の指し示す方向は北で、バスも通っている道である。やや不安なのは、五稜郭周辺ではいくつかあった案内看板がなくなってしまっていることで、もしやどこかで右折するのではなかったかと不安になる。まあ、何かあったらバスに乗ればいいし、とまっすぐ進む。バス停を4つか5つ越えたあたりで、さすがに心配になる。

ちょうどそんなところに、交番があった。「すみません。道を教えてください」と入るけれども、誰もいない。バトロール中であろうか。交番にはたいてい周辺の地図が置いてあるのだけれど、机の上や壁には見当たらない。何の手掛りもないので、仕方なく失礼して先に進む。

交番を出てしばらく進むと、大きな通りと交差した。ありがたいことに方向表示があり、四稜郭は通りを渡って北西方向、東山霊園への道と分かれるようだ。何はともあれ、ここまでは間違っていない。よく考えると看板は車で来る人のためのものなので、まっすぐ進むうちは必要ないということなのだろう。

交通量の多い通りを渡って、左に分かれる道が現れた。このあたりから「史跡四稜郭 ↑」の看板が復活したのはいいのだが、「あと1500m」と書いてある。ここまで少なくとも3kmくらいは歩いて来ていて、あと500mくらいだろうと思っていたのに、これにはがっくりきた。おそらく五稜郭から2~3kmというのは直線距離であり、実際に歩くと5~6kmあるのだ。

道案内は住宅地の中を右に左にと方向を変え、そのたびに道が細くなっていく。台風接近で雨が心配なので、歩くのは早々に切り上げたいのだが、なかなかうまく行かない。そして坂が出てきて上がって行くと、十字路にぶつかった。しかし道案内がどこにもない。右手にバス停が見えて、そこには「四稜郭入口」と書いてあるので、その先に進んでみる。周囲は住宅街である。

ところが、それらしきものが何もない。5分ほど歩いたところの家で、作業している人がいらっしゃる。手を止めさせて申し訳ないが「四稜郭はどこですか」と聞いてみる。「ああ四稜郭はね(と言って私の来た方向を指す)向こうの信号を右に曲がって、坂をしばらく登ったところ。結構距離あるよ。歩いて来たの?」

ああ、やっぱりさっきの十字路はまっすぐだった。まぎらわしいバス停作るなよ、と思いながら道を戻って、坂を登って行く。台風どころか、日が差してきてたいそう暑い。もうすでに全身汗みどろである。坂を登りきってようやく着いた。時刻をみると11時15分。迷ったにしても五稜郭から1時間半かかっている。3~40分歩く予定が倍かかってしまった。

説明看板によると、現在史跡として整備されている四稜郭は内陣の一部であり、空堀や外周部分は道路や田畑、山林になってしまっているようである。確かに坂を登らなければならないので攻めにくいことは確かだが、戦国時代でないので、堀もなく陣地となる建物もなくこれだけ小さな城郭では、守備力はほとんどない。

実際に、新政府軍の攻撃の前に1日もたずに陥落してしまったそうだ。とはいえ、中核部分はきれいに除草してあって、裏手にはベンチも置かれている。昔の五稜郭に少しだけ共通する雰囲気があるのはうれしかった。

うれしいことはうれしいのだが、暑いのと、虫が寄ってくるのと、着ているものが汗でびしょ濡れになってしまったことから、ゆっくりできなかったのは残念なことであった。そして、四稜郭には駐車場とトイレはあるのだが、売店もないし自販機も置いていない。そういう予感があって、しばらく前にあった自販機でペットボトルの冷たい水を買っておいたのは大正解だった。


五稜郭から北へ1時間半ほど歩くと、史跡四稜郭がある。五稜郭と同様、旧幕府軍が拠点とした。


函館市街地よりかなり標高は高いのだが、五稜郭のような堀もなく、敷地も狭いので、新政府軍の攻撃に1日もたなかったのも無理はない。

[Oct 3, 2016]