123 アクシデント! ~08年秋のマカオ [Nov 12, 2008]

単独行の遠征は気軽であるが、それなりにリスキーでもある。今回のマカオ遠征では、実は同じホテルにJ’sさん、MITさん、BJさんといった旧知の皆さんがいたというのに、それを知らずに一人でいろいろ動き回っていたのだが、実はかなり厳しいことになっていたのでありました。

11月3日、遠征最後の晩である。時刻は午後7時前後、そろそろ夕飯を食べようかなあと思いながら、利澳娯楽場のあたりを歩いていた。そういえば、確かkopaさんが、リオの前に鼎泰豊(デンタイフォン)が新しくできたと言っていたなあと思い出し、探してみると、確かにリオの前にその名前がある。通りの向こう側なので、バスやタクシーの流れをやり過ごし、走って横断しようとした途端に、

やってしまったのである。いきなり右足に激痛が走り、膝から下に異常が発生したことが分かった。横断中であるので止まるわけにはいかない。左足でけんけんをしながら、なんとか通りの向こう側までたどり着いて、まず痛みがおさまるのを待つ。とりあえず、右足はつま先立ちだけはできた。そろそろと鼎泰豊に入る。幸いに席は開いている。

足を折ったり伸ばしたりしながら、状態を確認。ひとまず、骨とアキレス腱は大丈夫そうだ。とはいえ、よくやるところのけいれん(足がつるというやつ)とも違う。右ひざに体重をかけると痛むし、そもそもかかとをまともにつけない。ふくらはぎはぱんぱんに腫れてしまっている。困ったなあと思いながら、とりあえずビールと小籠包、牛肉飯定食を食べて落ち着いた。

(ところで、こちらの鼎泰豊も財神裏の店とオーダーの紙が全く同じ印刷なので、姉妹店であることは間違いないのですが、ちょっとだけ味が違うような気がします。)

まずはホテルに帰らなければならない。問題は、それまで痛みが増したりしないかどうか、ちゃんと歩けるかどうかである。ここ(鼎泰豊)からホテル(金龍)まで、バス停一つ半。理工学院(華都=昔のギャラクシーの裏)まで行けば、次の八百伴のバス停の前に金龍がある。距離的には、3~400mといったところだろうか。逆に言えば近すぎて、タクシーは使いにくい。

これから最後の一勝負をして、回力あたりのフットマッサージにでも行って、という計画はどうやら諦めなくてはならない状況である。左足は大丈夫なので、左足を進めて、なんとかつくことのできる右足のつま先で一瞬体重を支え、すぐ左足に体重を移す。「大丈夫か、俺?」と自分に声をかけながら歩いているうちに、冷たい汗が出てきた。

こういうピンチは、ひとり旅をしているとたまーにある。海外では、以前、香港国際空港で財布をすられてしまったことがあった。これは帰りの離陸待ちの間だったので、困ったとは言ってもあとは飛行機に乗るだけだったが、今回はこれから日本までの長い道のりが残っている。とりあえず、ホテルに帰らなければならない。牛のように一歩一歩左足を進めながら、冷汗を流していたのでありました。

 


漁人碼頭(フィッシャーマンズワーフ)からサンズカシノ。

 

なんとかホテルにたどり着いて、部屋のある8階へ。エレベーターのすぐ近くでチャイムが聞こえるのがうざったいと思っていたのだが、こうなるとかえってありがたい。カードキーでドアを開けて、すぐに服を脱いでバスルームへ。その間も、移動はけんけんである。

バスタブにお湯を張って、まず足を暖める。栓をしているのにお湯が少しずつ抜けていくので、何分かごとにお湯を足しながらマッサージしてみる。回力近くのフット・マッサージに行くことも考えたが、そこまで歩くのもつらいし、マッサージしてもらってかえって痛くなることも十分考えられたので止めた。風呂に漬かっていれば、ともかく痛みはおさまっている。

そして「最後の一勝負」の方も、それほど意欲はなくなっていた。今回の遠征で、最初に座ったサンズのバカラ卓で、ファーストハンドがKK。嘘のような本当の話である(解説するまでもないが、ポーカーなら最高、バカラでは最低の手となる)。その後、ベネチアン、バビロンと転戦したが、ナチュラル8、ナチュラル9を一度も起こしていない

それどころか、座った途端に3連敗、5連敗といった始まり方をするため、一回もバイインを上回ることがないのである。これは気が滅入る。バビロンでは最後、罫線的にはプレイヤーのツラに間違いないのに、私がPに張ると残り全員がBに張った。しかも1桁大きいチップである。仕方なくチップを引くと、当たり前のようにプレイヤーのナチュラル8である。

そんなこんなで、どこに行っても何のゲームをしても負けた。「全くいいところのない」敗退である。その意味では半ヅキして変にベットアップしたりしなかったため、負け額そのものは許容範囲内にとどまっていた。夕方の時点では、残った手持ち金で最後の勝負をしたところで、ほとんど勝ち目はなさそうだとは思っていたのである。

小一時間ほど足を暖めて、ベットへ。右足は寝る姿勢によっていきなり痛むので、気休めに足の間に枕をはさんで寝た。まだ9時すぎなので眠れないのではないかと思ったが、案に相違してすぐに眠れた。この日は金龍からリスボアまで歩き、ベネチアンから官也街まで歩き、サンズ裏からバビロン経由金龍まで歩き、最後財神から利澳経由金龍まで歩いた。考えてみると、ちょっとばかり無理をしたようである。

 


マカオ・ハウス・ミューゼアムからべネチアン方向。


さらにこんな感じで建設工事が進行中です。

 

夜中に1回起きたのは午前2時、あっさり直っていないかなと期待していたのに、ベットから下りると電気が走るように痛い。それでも、足をつかなければ大丈夫なのでちょっと安心した。次に起きたのは携帯のアラームで午前6時半、普段なら目覚ましがなるまで眠り込むことはほとんどないのだけれど。

帰りの香港空港行きフェリーは午前10時発。1時間前には受付するように言われたので、ゆっくり歩いていくとすると8時過ぎにはチェックアウトする必要がある。身支度をして7時にはバフェへ。右足は体重をかけなければ痛くない。昨夜早くに戻ってきたのは正解である。思い切り遊ぶのは体調が万全の時でいい。

ゴールデンドラゴンからフェリーターミナルまで、3~400mをゆっくりゆっくり歩く。下り階段を下りるのに難儀したものの、なんとか8時半にはフェリーにチェックインできた。

驚いたのは、香港国際空港行きのフェリーが満員だったことである。以前は座席指定されたことがない位(つまり自由席)がらがらだったのに、今回は待合室が一杯で、立っている人の方が多いほどである。こんなことが分かっていたらスーパーシートにしたのにと思いながら、中国語の飛び交う中じっと出発を待つ。

そういえば、漁人碼頭ことマカオ・フィッシャーマンズ・ワーフに今回初めて行ってみたのだけれど、裏の方から入ると観光バスがたくさん止まっていて、中国本土からと思われる観光客が大挙して入場していた。

フィッシャーマンズ・ワーフの一番奥が、バビロンカジノである。ここはサンズやギャラクシーではなく、地元資本のSJMが経営しているカシノだが、ここへ観光客がバスから降りてぞろぞろと入っていくのである。このバビロンカジノは円形の建物になっていて、そこに多くの観光客が入場すると、ちょうど昔のリスボアの1階フロアのように見える。もちろん、そういう視覚効果も狙っているのであろう。

エスカレーターで上の階まで行く観光客はそれほど多くはないので、そこではちょっと落ち着いてゲームができる。ただ、落ち着いてゲームができても、モーピンセイピンとか、リャンピンサンピンとか、コン2枚とかが続いても仕方がないのであった。

フェリーといえば、香港からタイパ島に直行する便もすでに開通しているようで、バスの車体とかで派手に広告していた。今回は金龍泊だったので使う場面がなかったが、新世界とか金都に泊まるのであれば、そちらの方が便利と思われる。

そんなこんなでアクシデントに見舞われてしまった今回の香港・マカオ遠征、結果としては消化不良の敗戦となった。足をひきずりながら日本に帰ってこれたものの、翌日からの出勤では登山用の杖(ステッキ)を使う羽目になり、まさに泣きっ面に蜂ということになってしまったが、きっと来年は来年の風が吹く。

この金融危機のさ中にあって、のんびりカシノ遠征ができるだけでも幸せであろう。そう考えれば、ともかくも大事に至らず、無事に帰ってこれただけでもよかったと改めて思うのでした。


フィッシャーマンズ・ワーフ内。正面の茶色い建物がバビロンカジノ。観光客で一杯。

[Nov 12, 2008]