212 コロアネ島 [Mar 18, 2008]

♯1 最後の楽園 コロアネ島

アジアのラスベガスを目指してマカオ中が建設ラッシュとなり、かつてののどかなマカオはほとんど見ることができない。その中でかつての雰囲気をわずかに残しているのが、コロアネ島である。今回はこの「最後の楽園」とも言うべきコロアネ島にも足を伸ばしてみた。

かつてマカオは、マカオ半島、タイパ島、コロアネ島の3つの地域に分かれていた。マカオ半島は中国と地続きでポルトガルのアジア進出以来古い歴史を持つ貿易港であり、一方でタイパ島、コロアネ島は文字通り島であった。マカオ半島は狭い地域に多くの建物と人々がひしめいており、カシノの多くが集中していたのに対し、タイパ・コロアネ島はリゾート地として、ホテルやゴルフ場、競馬場、運動場、海岸、植物園などが点在していた。

しかし、1990年代に入り、マカオの中国返還、さらに海外資本へのカシノ自由化が起こることにより、こうした状況は大きく変わってきた。マカオ半島には、再開発できる土地はほとんどない。だからそれ以降に大規模な開発を行うためには、マカオ半島以外の地域に土地を求める他はなくなってしまったのである。

具体的には、タイパ島と、タイパ・コロアネ間の埋立地であるコタイ地区である。タイパ島は住宅地として、コタイ地区は自由化により進出した欧米・香港資本のカシノ&ホテル用地として、大規模な開発が行われてきたし、さらに今後も行われる。そういうことで現在では、タイパ島とコロアネ島はとうとう地続きになってしまった。

それでも、ゴルフ場やサーキットを越えてコロアネ島の中心部へ向かう人はそれほど多くはない。大体、バスだってそれほど本数走っている訳ではないのだ。そう、ここから先がマカオの「最後の楽園」なのである。

サーキットを越えて、左に採石場、右に工業地帯を見ながらしばらく進むと、前にも書いたことがある「媽祖文化村」への入口になる。構わず先に進むと、坂を登って下ったあたりにコロアネ村の中心部が見えてくる。バスターミナルのあるロータリーが「恩尼斯総統前地(エネス総統前広場)」である。マカオ半島中心部からここまでタクシーで来ると、大体70HK$(1000円)くらいになる。

 


コロアネ島・総統前広場あたり。バスの向こう側がロータリー(広場)となっている。

 

#2 フランシスコ・ザビエル教会

バスターミナルのある総統前広場からさらに直進すると、50メートルも行かない間に海に行き着く。向こう岸に見えるのは、中国・珠海市である。ここから左右(方角でいうと南北)に広がるのが、コロアネ・ビレッジである。ゆっくり歩いても1回り30分もかからない小さな村であるが、なんともいえない雰囲気がある。

そして、家々はあまりきれいとは言えないのに、止まっている車はほとんど新車であるあたり、マカオの好景気の影響が及んでいるということなのだろう。

突き当たりを左(南)に向かう。コロアネ・ビレッジには海岸沿いを南北に通っている大通りと、そこからやや内陸に入ったところを平行に通っている裏通りしかない。だからまず対岸の中国側を見ながら大通りを南下するのだが、総統前広場から4、5分もかからない近くに、有名なフランシスコ・ザビエル教会がある。まっ黄色の目立つ外観をしているので、すぐに分かる。

日本のマカオ観光案内では、必ずといっていいほど載っている教会だが、あまりひと気はない。周辺には観光客目当てと思われる飲食店や土産物店と思われる店(とはいっても、屋台と大して変わらない)が並んでいるが、どこも開いていない。というよりも、しばらく前からやっていないのではないかという雰囲気である。

建物の中に入ってみる。おごそかに教会音楽が流れていて、左右に席が何列かずつ並んでいるあまり広くはない礼拝室と、もう一つ資料室のような部屋がある。資料室には、アジアにキリスト教が布教されてきた歴史についての展示物があり、英語と中国語の説明が書かれていた。

ご存知のようにフランシスコ・ザビエルは16世紀のカトリックの宣教師で、日本にキリスト教を伝えたことで有名である。もともとはポルトガル王の求めにより当時ポルトガル領であったインド西岸のゴアに派遣されていた。その後、中国そして日本へと布教していったのであるが、日本への出発点となったのが当時やはりポルトガルの拠点であった広州である。

その後マカオがポルトガル領になったことにより、ザビエルの名を冠した教会がこの地に残されることとなったものであろう。とはいえ、マカオの人々にキリスト教が根付いているかというと、どうやらそうではなさそうだ。実はコロアネ・ビレッジには他にもいくつかの宗教施設があるのだが、にぎやかだったのはむしろそちらの方だったのである。

 


フランシスコ・ザビエル教会。マカオらしいパステルカラーで、建物の中はそれほど広くはない。

 

#3 譚公廟からコロアネ漁港へ

フランシスコ・ザビエル教会からさらに南へ進む。コロアネ小学校を過ぎて、通りの行き止まり、コロアネ・ビレッジの南端にあるのが譚公廟(たんこうびょう)である。ここには、ウィークデイの昼前だというのに、かなりの人が参詣に訪れていた。

道教の神々の中で、特に沿海部の人々の信仰を集めているのは天后(てんこう・ティンハウ)である。天后は道教の海の女神的存在であり、もともとは海難除けのまじないをしていたとされる媽祖と習合されて今日に至っている。香港の天后廟、マカオの媽閣廟(マコウミュウ・マカオ地名の元と考えられている)いずれも天后を祀っている寺院である。

そしてもう一つ、道教の海の神様として信仰を集めているのが譚公(たんこう・タムクン)である。旧暦の4月8日には香港でもマカオでも譚公祭が開かれる。この譚公を祀った寺院の中でマカオ最大なのが、コロアネ島の譚公廟なのである。

媽閣廟(マコウミュウ)と同じく、渦巻き型や極太の線香が焚かれて周辺には煙と香が漂い、なぜか大きな石に年号やら何やらが書かれていることも共通である。何人もの人が、熱心にお祈りをささげている。後ろ側は小高い丘になっていて、その先は海になっているはずだ。国境警備の建物が建っていたが、ここには誰もいなかった。

譚公廟から裏通りを通ってもとの方向に戻る途中に、二つの小さな寺院がある。一つは天后古廟、もう一つが観音堂である。天后古廟は最近再建工事が行われたらしく、奉加帳のような石碑に、環宇旅遊(私のよく使う代理店)が大口の寄付をしたことが記されていた。観音堂は仏教寺院のはずなのだが、当然のように関帝(道教で信仰されている三国時代の武将、関羽)の絵がかざられていた。

雑貨店や食料品店、八百屋などが並ぶマーケット街を通っていくと、最初に来た総統前広場に戻る。そのまま北に進んで5分くらい行くと、コロアネ・ビレッジ北端のコロアネ漁港である。

ここは、昔コロアネ島がタイパ島とつながっていなかった頃、マカオ半島までフェリーが往復していた港なのだそうである。現在は漁港として使われているらしく、周りには魚の干物を売っている店が2軒あった。

同じ干物とはいっても、熱海や伊東の匂いとは少し違う。日本だと干物にするのはあじやトビウオ、いわし、さんまといったひかりものが多いが、ここの干物はイカと、新巻鮭くらいの大きさの魚の干物(南なのでスズキかもしれない)が主体である。

いまやマカオといっても、カシノの中にいる限りラスベガスと区別が付かないようになりつつある。こうしたのどかな雰囲気が、少しでも長く残っていてほしいと思う。


コロアネ漁港と碇のモニュメント。右は干物のお店。

[Mar 18, 2008]