710 ケアンズ雑感 [Sep 28, 2005]

一昨日まで行って来たオーストラリアであるが、これまでの私がかの地に抱いていたイメージといえば、ゴルゴ13の「シンプソン走路」によるところが大きい。もう20年も前の作品であるので、ご存じの方はあまりいないかもしれないが、アポリジナル反乱軍(解放戦線)の鎮圧のため首謀者の暗殺を依頼されたゴルゴが、砂漠を越えて反乱軍の本拠に近づき、首謀者であるコリアー・マスグレーブ少尉を狙撃するというストーリーである。

このストーリーの中で、ここにはアポリジナルの処遇という難しい問題があること、ノーザンテリトリーといわれる砂漠地帯は彼らのいわば本拠地であり、そこには膨大な地下資源があること、彼らの主武器である戦闘用ブーメランはここの複雑な地形では近代兵器以上の威力を発揮すること、などが述べられている。

その中で最も印象深かったのが、このミッションの依頼者である政府高官のバンゲール・マスグレーブ次官が標的マスグレーブ少尉の実の兄弟でありながら全く似ておらず(バンゲール次官が白人の、コリアー少尉がアポリジナルの風貌である)、キャプションに「オーストラリアでは混血が進んでいるため、兄弟の風貌が全く異なることがめずらしくない」ということが書かれていたことであった。

だから、オーストラリアではどんな人が歩いているんだろうと思っていたのだが、意外や意外、ケアンズで相当数見かけたのは日本語を話す人たちであった。とにかく、メインストリートであるアボット通りを歩くと、日本人の観光客、日本語の看板、「日本人の店員います」「日本語通じます」の案内が目白押しである。

実は、宿泊したReef Hotel & casinoのカシノホストの男性が日本語が話せる現地の方なので相当びっくりしていたのだが、そもそもこちらのお店では平気で日本語で話しかけてくるのだ。フードコードの2階に上がって、東洋系の子がいたので「日本語OK?」と聞いたら、日本人だった。「Sushi Train」という回転すし屋も何軒か見かけた。

市内の散歩では、セントラル・ステーションとケアンズ博物館に行った。セントラル・ステーションはホテルから北に歩いて、そこから西へ向かう。京都のように通りが東西南北に走っているので、あまり迷うことはない。鉄道の駅なのだが、昼間ということもあって切符売り場のようなところはすべてクローズ、改札(入り口)にもホームにも全く人がいない。たぶん、朝晩の決まった時間にしか列車は走ってないのだろう。一方、隣接の駐車場は満杯でショッピングセンターにもたくさんの人がいた。日本の郊外ショッピングセンターと作りも売っているものもよく似ていた。

ケアンズ博物館は、やはり日本の田舎町に行くとよくある郷土資料館とよく似ている。まさかりやブーメランなどアポリジナルの昔の道具、開拓当時のいろいろな道具や写真などがこじんまりと展示されており、日本語のケアンズ紹介ビデオがずっと回っていた。

個人的にいちばん興味深かったのは、開拓当時の中国人の家族の写真である。メインストリートを練り歩く”Dragon Dance(獅子舞)”の古い写真のそばにそれはあって、一人の男の両側に二人の女性、前に3人の小さい子供が写っている。その説明書きにはこう記されていた。「当時(20世紀初頭)、中国出身の開拓者は郷里に家族(妻)を残している他に、ケアンズでも家族(妻)を持っていた。写真の家族は、ケアンズで2人の妻を持っていた唯一の男である」


ホテルの窓から見たケアンズの町並み。ショッピングモールには日本人留学生が結構います。


ケアンズ博物館外観。2階が展示室になっています。

[Sep 28, 2005]