913 戦略編その2 初級者のトーナメント戦略 [Feb 16, 2006]

1.戦略の重要性

テニアンポーカー選手権が来週末に迫り、私が「テニアン・チャンプ」を名乗っていられるのもあと10日余りとなった。偉そうなことを言っていられるのも今のうちなので、ここで日頃考えているトーナメントの戦略論についてまとめてみようと思う。

ポーカートーナメントというのは戦争に似ている。一人一人のプレーヤーはそれぞれ戦場における戦国大名であり、それぞれチップという部下を持っている。人員は限られているので、部下を増やすイコール勢力を拡大するためには戦場にいる他人から奪わなければならない。そしてそこには、戦争と同様に戦略、戦術、戦闘というそれぞれの要素が絡み合って、勝敗を決めていくのである。

戦争であるから、まず自分自身の戦力を正確に把握する必要がある。まず前提となるのは、初級者にとって戦闘能力ではベテランに敵うわけがないということである。ならばどうしたら生き残れるか?戦略・戦術で上回らなければならない。それでも五分五分にはならないかもしれないが、ベテランが深傷をおっていれば(チップ量できわめて自分が優位にあれば)、なんとかなるかもしれない。

戦略とは何か?言葉を変えれば戦争目的といっていいかもしれないが、私はポーカーには3つの異なる要素、ベクトルがあるのではないかと思う。それは、「楽しむこと」「勝つこと」「上達すること」である。われわれはポーカーで御飯を食べているわけではないので、この中では「楽しむこと」が最優先されるべきであるというのが私の考えである。

しかし、深夜番組でゴルフの先生が「健康のためとは言うけれども、スコアが良くなければ健康のためにはなりません」というように、「楽しむためとはいいながら、勝たなければ(いい成績をとらなければ)楽しくはありません」というのが真実であろうと思う。その意味で、この3要素はもちろん相互に影響しあっているのだが、これらに対してどう比重を分配していくのかというのがまず出発点ではないかと思う。

もう一つ押さえておかなければならないのが、上達するとはいってもそこには素質の壁が必ずあるということである。若い頃、囲碁・将棋に凝っていた時期があって、囲碁でアマチュアの強い人に指導を受けたことがある。ご存じのように囲碁は19×19=361の碁盤に打っていくので、ひと勝負少なくとも200手以上、多い場合は300手になる。さて、指導対局が終わったあと、その強豪はなんと、初手から並べなおして、どこがどういけなかったかを解説してくれたのである。そのくらい、トッププレーヤーの能力、才能はすごいものなのである。

ポーカーにおいても同様で、例えば貴方(貴女)が、現在テーブルに座っている各自のチップ量、試合開始以降の各自の戦績、勝負どころの自分のハンドとボードなどをよく覚えていないとか(私がそうです)、手の良し悪し、ボードとマッチしているかどうかを表情やそぶりに表さないことができない、また他人のわずかな表情やそぶりの変化を敏感に察知することができない(これも、私がそうです)とかといった要素があるとすれば、おそらくポーカーの才能としてトッププレーヤーまでには達しないと思った方が身のためである。

しかし、そうした「戦闘」能力で敵わないとしても、戦略・戦術でいくらかはカバーできるのがポーカーではないかと思う。それでは実際にどのような戦略・戦術があるのか、次回はまず、「勝負にこだわった初級者の戦略」について述べてみたい。

2.「勝つこと」を重視した戦略

前回は、戦略を構成する要素に3つの要素、つまり「勝つこと」「楽しむこと」「上達すること」があることを述べたが、その中で楽しむことと上達することをかなり犠牲にして、勝つこと、つまり勝負にこだわった戦略について説明してみたい。

もちろん、勝つとはいっても、初級者である貴方が上級者に伍して互角以上の成績をコンスタントに残す、などということはありえない。それでも、技量の差を極小化し、ポーカーの持つ「運のいい方が勝つ」という側面を最大限に活かすやり方はある(と思う)。それは、フロップが開く前に勝負をかけてしまうこと、即ち、「玉砕オールイン戦法」である。

手札の2枚だけしか情報がない場合、どんな上級者であっても、これで勝てるという確信がある訳ではない。例えAAを持っていても、38に負けてしまうことはありうることなのである。しかし、フロップの3枚が開いて手札と合わせて5枚の情報がある場合、戦闘能力のある上級者に勝てる確率は相当に低くなってしまう。だから、フロップが開く前に勝負をかけるのである。

この作戦をとる場合、見栄とか(こんな手でオールインして恥かしくないか、といった)、楽しさとか(できるだけ長くゲームを楽しみたい、といった)、技術の上達とか、そういったことには一切目をつぶる必要がある。狙うのはただ一つ、オールインによるじゃんけん勝負である。

通常、誰かがオールインをした場合、それにコールするのはある程度勝算のある手でないとならないといわれているが、そうしたセオリーも無視する。どうにも勝負にならないという手でない限り、ある程度チップを持っているうちにオールインをぶつけてしまうのがこの作戦の要諦である。もちろん、どの手で行くかということは戦闘のレベルでは重要なファクターなのだが、戦術としてより重要であるのは、勝てばチップを倍増できるというシチュエーションで飛び込む、その他の場合は勝負しないということである。

引分けの場合は先にオールインした方の勝ちなどというルールがない以上、どちらが先だろうが関係ない。つまり、先にオールインするのもオールインにコールするのも同じである。また、初級者である貴方のオールインは大抵の場合不利な条件であるだろう(良くて五分五分、普通は25%くらいの勝率かもしれない)。それでも、技量の差がそれ以上あると考えれば、4回に1回勝てるじゃんけんというのは今の貴方にとって決して率の悪いものではない。

仮に32人のトーナメントであれば、単純計算ではオールインで5連勝すれば優勝である。実際はオールインするまでブラインドに削られるのでそうそう簡単には行かないけれども、チップを原点の2倍にするだけで状況は相当改善される。それ以降もうまくオールインをぶつけていけば、運が味方すればかなりいいところまで勝ち進むことができるはずである。

おそらく、初級者が上級者に伍していい成績をとるための作戦としてはこれが最上であり、私自身もこれで実力以上の成績をたびたび収めることができた。しかし最近では、実はこの作戦を封印している。それは、ポーカーのもつ「ゲーム自体の楽しさ」「上達する喜び」を犠牲にしているのではないか、と思うからである。それでは他の要素を最小限にして「楽しさ」を最優先する戦略とはどのようなものであるか、次回はそのことについて述べてみたい。

3.「楽しむこと」を重視した戦略

ポーカーの楽しみは結局のところ、いい役を作って勝ち、ポットを総取りすることではなかろうか。最初に述べた戦場の例でいえば、敵の大将を討ち取ったり手柄を立てることになるだろう。もちろんトーナメントで勝ち残ることも楽しいのだが、一度も上がれない15位と取ったり取られたりの16位とどちらがより楽しいかといわれると、前者がいいと迷いなく言える人は決して多くはあるまい。

だから、とりあえず「勝つこと」「上達すること」より楽しむことに比重を置くという戦略はおおいにありうる。逆にいうと勝つことにこだわらなければそれだけで楽しむことができるのかもしれないし、もしかしたら人生の達人とはそのような人なのかもしれない。ともかく、楽しむという戦略に基づく戦術は、「行きたいときに行く戦法」ということになるのだが、このとき考えなくてはならないのが、そうは言っても勝てる可能性の低い手で粘るのだけはやめるべきである、ということである。

前回述べたように、手札がどんな手であってもその時点ではチャンスはある。しかし、フロップが3枚開いた時点で大方の勝負はついてしまっている。例えば、As-Qd-8dというフロップで、貴方が仮にQsJhと持っているとして最後まで粘るべきなのだろうか。貴方が現在勝っているのは、誰もAを持っていなくて、QQペアも88ペアもKQもいない場合だけである。また、もう一枚ダイヤが落ちたり、9からKまでのどのカードが出ても、ストレートまたはフラッシュの可能性が出てくる。もう一枚Qが落ちるのが最も望ましいケースだろうが、それでもAAとか88、AQ、KQがいれば敵わない。

だから、そもそもQJoで参加すべきではない、という考え方もあるのだが、参加してしまった以上、打たれたら(ベットされたら)潔く撤退すべきであろう。QJoで期待するフロップはQとJが一緒に出るかA-K-Tが出るかであり、それ以外の場合きわどく負けている(これをハマリ手という)可能性が大きい。「行きたいときに行く戦法」においては、引き時を間違えるとすぐに傷が深くなることを忘れてはならない。

逆に、As6sとかで参加して、スペードが3枚フロップに出た場合などはポーカーをやっていて良かった!という瞬間であろう。ここぞとばかりに、がんがん行っていいシチュエーションである。ストフラやフルハウスを作られてしまったら、これで厄払いができたと思って諦めよう。また、レイズ・リレイズで盛り上がっている場に56oとか38oとか中途半端な手で参加してみるのも一興である。AKとかQQを持っている相手に、3-8-8とか出てナッツというのも、溜飲が下がるというか、かなりうれしいものである。

結局のところこの戦術はやりたいときにやりたいことをするというものなのであるが、手札2枚からフロップで何が出たらいいのか、フロップ3枚をみて何がナッツなのか考えることが必要となるので、初級者にとってやってみて損のない戦術である。ただし、前回の「玉砕オールイン戦法」と同様、運がよければ勝てるし悪ければ勝てないという限界がある。

運が悪いときでもそれなりの成績を収めるためには、やはり技術の向上、つまり「上達すること」が求められるのである。次回は「上達すること」に主眼を置いた戦略について述べてみたい。

4.「上達すること」を重視した戦略

たとえ今は初級者であっても、いずれは上級者に伍して自らの腕で勝負していきたいと思うなら、「勝つこと」「楽しむこと」をある程度犠牲にして「上達すること」に軸足を置いた戦略を選択する必要がある。なぜ「上達する」ことと「勝つこと」が両立しにくいのか。それは囲碁・将棋において「定石(定跡)を覚えると一子(香車一枚)弱くなる」のと同じようなことがポーカーにおいてもあるからではないか、と思っている。

ポーカーを始めたての頃は、ある意味好きなようにプレイできるので、手が伸び伸びしている。前回、前々回に説明した作戦もいわば「捨て身」であり、負けてもともとと開き直ることのできる戦術である。そういう時は、不思議と運が向くことが多い。ところが今回述べる作戦は、上級者に近づこうというものであるから、なぜか手が縮こまってしまう。何も考えないでやっていたときより、かえって戦績が振るわないことが多いのである。だが、「上達する」ためには、この道を避けては通れないと思って耐えるしかない。

ポーカーの定石は一つしかない訳ではないので断定的なことは言えないのだが、少なくともこの戦略における有力な戦術として、「タイト&アグレッシブ・プラスアルファ」と呼ぶことのできる作戦がある。タイトとは、手を絞って勝つ確率の高いハンドで参加すること、アグレッシブとは、積極的に攻撃姿勢でゲームに臨むことである。例えば、ミドル以上のポケットペアか、AK~AT、スーツの揃ったAxでしか参加しないが、一度参加したらベットやレイズでどんどん攻める、ということである。

競馬に例えれば、1日12レースを全て買うのではなく、1レースに絞って資金をぶち込むというやり方に似ている。参加するときは勝てる可能性が大きい手であるので、逆に「これで勝てないのはおかしい」と思ってしまうのが、上に述べた手が縮こまってしまう理由ではなかろうか。そして、手が来るか来ないかはまさしく運だから、来なければ延々とフォールドし続けることになる。とはいえ、calling station(コールばかりする人)よりfolding machine(下りてばかりいる人)の方が、寿命が長くなることはおそらく間違いない。

この作戦の要諦はまさにそこにあって、いいハンドが来るまではひたすら我慢することである。だから「楽しむこと」はかなり犠牲になる。どうにも手がこない時、中途半端な手で行ってみたくなることが多いのだが、そこを耐えることが重要である。上級者の中には、AJで行かないという人すらいるのだ。

さて、「タイト&アグレッシブは分かったが、プラスアルファって何?」と思われた貴方、鋭いです。実はこの部分は私も明確に表現することはできません。でも一つだけいえるのは、「タイト&アグレッシブ」を徹底すればその出現率は7、8%かせいぜい10%程度。つまり平均すると10回に1回以下しかゲームに参加できないはずなのに、多くの上級者はもっと参加しているような気がする。それは何か、ということなのである。

この部分は誰も教えてくれないので、盗むしかない。その一つの方法として試してみて損がないのが、上級者といわれるプレイヤーと同席する機会に恵まれたら、負けを覚悟して手を開かせる方向に持っていく、ということである。そしてうまく手を開かせることができたら、そしてその手が上に述べた「タイト」なものではなかったならば、その時のポジション、絶対的・相対的なチップ量、ボード、参加者などをしっかり覚えておいて、なぜその上級者が、その時その手で参加したのかをよく考えてみるのである。

「タイト&アクレッシブ・プラスアルファ」作戦が「上達すること」に本当につながるのかどうか正直なところ自信はないが、以前より視野が広がってきたことだけは確かである。ただ上級者とされるプレイヤーの7、8割はタイト&アグレッシブであるということがよく言われており、今のところは、この戦術を自分なりに極めて行きたいと思っている。

さて、これまで3回にわたり、「勝つこと」「楽しむこと」「上達すること」にそれぞれ比重を置いた戦術について説明してきたが、それ以外に他の勝負事と同様にポーカーにおいても非常に重要であるのが、メンタル面である。最後にこのことについて説明して、今回の戦略講座のしめくくりとしたい。

5.ポーカーにおけるメンタル面

中国武術のことわざで「一胆二力三功夫」というのがあるらしい。らしい、というのは、もともと相場の格言にそういう言葉があったような気がして調べてみたらこれが出てきてしまったのでそういうのだが、いわゆる「心技体」ということである。日本でも中国でも最初に来るのはメンタル面であるということに着目すべきであろう。

ポーカーも勝負である以上、最後にモノをいうのは精神力である、というのは私の信念である。運は基本的にみんな平等であり、技術が一緒ならば成績は似たようなものになるはずなのに、おそらくそうはならない。そこには、どうしても勝ちたいという「勝利への執念」、苦しい状況を耐える「不屈の闘志」、勝つためにはどうすべきかを常に念頭におく「前向きの姿勢」、勝負どころで迷いを断ち切る「決断力」といったメンタル面での差があって、それが結果に反映するように思えてならない。

ポーカー歴が必ずしも長くはない人であっても、カシノゲームの経験が長い人はそれぞれそれなりの勝ちパターンを持っている。その根底には、ギャンブル全般に共通するものがあるはずだ。ギャンブルをやっている人がいまだにギャンブルを「やれている」ということは、とりもなおさず生き残ってきたということである。だから、それぞれどこかで必ず勝っているはずであり、負けているはずであり、その結果ともかく死ななかったということである。

ポーカーの技術を一朝一夕に向上させることは、たぶん難しい。しかし、メンタル面の力を向上させることは、日々の精進次第である程度可能なのではないか。座禅ではないが、通勤電車の行き帰りでいろいろなシミュレーションを行う、というのも一つの方法かもしれない。カシノの他のゲームでも、もっと言えば日々の生活の中でも、メンタル面を強化する機会というのはいろいろあるように思う。

そのアンチテーゼとしてあるもう一つの考え方は、「たかだかポーカー、そんなに気合をいれることはない」と肩の力を抜くことであろう。われわれ一般人はポーカーでごはんを食べようと思っている訳ではない。日々のストレスをポーカーで発散することが本当の目的であるはずなのだ。だとすれば、あまり勝とうと思うことはかえって健康上よくないのではないか。そうでなくても、囲碁や将棋と違って、強いからといって毎回勝てるゲームでもないのである。

そして、これは負け惜しみなのだが、結局のところ対人ゲームで強いのは、性格の良くない人である、ということは知っておいた方がいい。他人に対する遠慮、思いやり、同情、手助けといった要素は、対人ゲームの勝負において絶対にマイナスに働くのである。だから、ポーカーで強くなることより、みんなに好かれる人でいたいという選択肢は十分ありうるし、途中でも言ったけれど、人生の達人とはそういう人なのかもしれないと思う。

 

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長いこと、初級者が偉そうなことを書きました。最後までお付き合いいただいた方々に感謝いたします。私が「テニアン・チャンプ」を名乗ることができるのもとうとう明日までになりました。週明けからは、ポーカーについての記事は、もう少し違った観点から書いてみようと思います。どうもありがとうございました。

[Feb 16, 2006]