014 稲垣えみ子「魂の退社」 [Jan 2, 2017]

この書評も、最初は1970年代のなつかしの少女コミックス中心だったのですが、最近は字だけ書いてある本が多くなりました。今年も関心のある分野を折に触れて紹介したいと思いますので、よろしくお付き合いください。

さて、この本じつは私でなくて奥さんがリクエストして買った本である。昨年夏、図書館に予約したにもかかわらず年末まで順番が回って来なくて、めんどくさいから買ってしまった。買った以上、私も読んでみたのである。

著者は、新卒以来長年勤めた朝日新聞を50歳を機に退職、新生活に踏み出したのであるが、最初の方で述べられている会社を辞めた理由が、昨年7月でリタイアした私とほとんどかぶるのである。同じように感じるのは私だけじゃないんだと改めて思ったものである。(私の退職については、これとかこれをお読みいただければ)

特に、「会社で働くということは、極論すれば、お金に人生を支配されるということでもあるのではないか」とか「その結果どうなるか。自由な精神はどんどん失われ、恐怖と不安に人生を支配されかねない」といったあたりはまったく同感である。

一方で、全く同感できないところもある。特に、ご本人は「周到に時間をかけて」退職準備を続けてきたと胸を張るのであるが、退職金の7分の1が税金で持って行かれたとか、求職しないと失業保険がもらえないとか、準備していれば当然知っておかなければならないことを分かっていない。さすが朝日新聞、そんなことを気にしなくていいほど退職金が高いんですねと思うだけである。

退職前後で一番気をつけなければならないのは、生活のリズムが乱れることである。中でも収入支出のバランスがくずれることは精神的にかなり大きいはずである。いま私が平穏に新年を迎えることができたのは、そのあたりの準備をおろそかにしなかったからだと思っている。

とはいえ、いま現在は、私も奥さんも働かなくても食べていけるけれど、いつかは想定外のことが起こって、さらに生活を切り詰めなくてはならなくなったり、何かしら収入の算段を付けなくてはならなくなるかもしれない。それでも、退職前には考えうる限りそうした不確定要素をつぶしていかければ、準備したとはとても言えないのである。

そのあたり、さすが大企業だけあって能天気である。そして、「パソコンやケータイは会社から借りていたので、自分で準備しなければならなくなって大変」というくだりに至っては、いったい読者のどれくらいの割合が同感すると思っているのか疑問である。それに、会社への依存度を下げましょうというご主張と、どう整合性をとればいいんでしょうという話である。

また、「節電ではなく、電気がないと思う」ことにして、帰っても電気を点けないというのもどうなんだろう。いまの日本でそこまでするのは健康かつ文化的な生活とは言えないし、だいいち水洗トイレもウォシュレットも使わなくて済むんですか、川に洗濯に行くんですかということである。奥さま雑誌でときどきそこまでやる人の記事が載っているが、どうもね。

おそらくそのあたりの評価軸、優先順位の付け方は、著者が独身のひとり住まいということに理由がありそうだが、そのあたりの経緯については全く触れられていない(別に、髪型がアフロだからどうこう言われても・・・)。そのあたりを書かないと、この人の書くことのどこまで自分も見習うべきで、どこからが事情が違うので一緒には考えられないか判断できないのである。

長いサラリーマン生活で、朝日・読売・毎日それぞれの新聞社の方々と仕事上のお付き合いがあったが、私の印象では、すべての業界をおしなべて、最も頭が良くて判断も常識的な人が多いのが新聞社である。著者は編集委員でもありかなり期待したのだけれど、同感だったところと同感できないところの振り幅が大きすぎて、ちぐはぐな読後感だったのはちょっと残念。

ところで奥さんの感想だが「もっと難しい文章を書く人かと思ったら、意外に軽かった」とのこと。さらに言うことには、「あんたから、会社を辞めた理由を説教されているみたいだった」とのことである。


2017年最初の書評は、昨年の私自身のリタイアも影響しているのか、この本になりました。でも、言っちゃあなんだけど、私の方が準備はしていたような気が。

[Jan 2, 2017]