515 いしいひさいち「がんばれタブチくん」 [Aug 13, 2007]

いま朝青龍問題で連日テレビに出まくりの師匠高砂親方。「うつ病とか、よくわかんないんだよねー」とTVカメラに向かって言ってしまうおバカさん加減に各方面から非難が出まくりであるが、実はあれは昨日今日始まった話ではない。1970~80年代初めにかけて現役だった当時の朝汐(のち朝潮、もちろんいまの高砂親方)は、いしいひさいちの「ワイはアサシオや」ですでにギャグのネタにされていたのであった。

その「ワイはアサシオや」と同じく1970年代後半に発表されたいしいひさいちの初期の代表作が、「がんばれタブチくん」である。この作品は、野次を飛ばされると松明(たいまつ)を持って野次った人の家に火をつけに行こうとするタブチくんや、ボールに顔を描いて魔球と呼ぶヤクルト・スワローズのヤスダ投手や、何かあると選手にグランド十周させて八つ当たりするヒロオカ監督が登場する4コママンガである。

本物の方の田淵選手は、六大学のホームラン記録を打ち立ててドラフト1位で阪神に入団したスタープレイヤーであったが、その頃阪神は長期低迷期にあり、観客動員数は巨人に匹敵する人気球団でありながら成績はほとんどBクラスというていたらくであった。こうした中、入団直後から急激に太りだし豪快な空振り三振をかますタブチくんは別名「タブタ」と呼ばれ、ファンからは低迷の象徴とみられていた。

こうした背景からこの「タブチくん」は非常にウケた。現実の田淵選手と同様、79年に新設の西武ライオンズにトレードされたタブチくんは「竪穴式住居」こと西武球場(当時はドームではなかった)でも活躍を続けたのである。その西武はヒロオカ監督が来て日本一になるのだが、その頃には大学からのポジションキャッチャーではなく、ファーストとかライトとか、あまり守備に期待されないところにコンバートされていたのであった。

マンガの中では、奥さん(ミヨ子夫人=前の奥さんがモデル)が「勝てるように、今日はトンカツよ!」とせっかく用意した料理を、「トンが勝つ・・・私はブタということですか」と非常にひがみっぽいのだが、現実の田淵選手は非常におおらかで、当たると痛いといって内角のきわどいコースのサインは出さなかったそうである。そんな具合だから監督には向かなかったものの、コーチには向いているようで北京五輪チームの打撃コーチでがんばっている。

それでも、王貞治の連続ホームラン王を阻止したのはタブチくんだし、六大学のホームラン王記録は田淵の前には長島茂雄が持っていた。選手としては超一流で、にわかに太りだしたからといって非難されるにはあたらない。それはアサシオも同様で、現役時代無敵を誇った横綱北の湖(現理事長)に唯一勝ち越していた上位力士が朝汐なのである。

ご存知のとおり、いしいひさいちは現在朝日新聞の朝刊4コマを描いているが、いまでもヒロオカ監督に似た人やヤスダ投手に似た人が登場する。これはいまを去ること30年前のこの作品がルーツなのでありました。


朝日新聞でののちゃんを連載し、いまだ第一線で活躍中。タブチくんやヤスダくん、広岡監督を知る人も少なくなりました。

[Aug 13, 2007]