518 大島弓子「綿の国星」 [Oct 17, 2005]

昭和50年代に活躍した「少女コミック(小学館)」系人気作家の代表格として、萩尾望都、竹宮恵子に加えて大島弓子がいる。萩尾望都がSF系に優れた才能を持ち、竹宮恵子がストーリーテラーとして一流であったのに対し、大島弓子の特色はなんといっても「ファンタジー」である。

彼女の作品には、日常とはちょっとだけ違った(ずれた)世界が見え隠れする。それは実験用の薬を飲んで女性になってしまった男の子(ジョカへ)や、想像上の人物が現実とシンクロしてしまう世界(F式蘭丸)、政略結婚で他国に嫁がなければならない王女が男装して学園に現れる(すべて緑となる日まで)といった作品群からも分かるのだが、このまま精神世界的な方向へ行ってしまうのか(バナナブレッドのプディング)と思ったら、みごとに着地したのが「LaLa」連載のこの作品であった。

「LaLa」は「花とゆめ」系の月刊誌で、「花とゆめ」はもともと「マーガレット」(週刊誌)と「りぼん」(月刊誌)からトレードした作家による隔週誌であるから、集英社系(発行は白泉社)ということになる。その意味では「りぼん」と同じ月刊誌なのだが、「LaLa」はどちらかというと比較的高い年齢層をマーケットとして立ち上げられた。だから、私の記憶に間違いがなければ、創刊号の巻頭カラーは「日出処の天子」(山岸涼子、同性愛志向の聖徳太子が登場。これもまたそのうちに)のはずである。

「綿の国星」に話を戻すと、この作品の主人公は須和野チビ猫。つまりネコなのである。しかし、それまでのネコまんが(いなかっぺ大将から始まってWhat’s Michaelあたりが当時のネコまんがである)ではせいぜいヒトの言葉を喋るくらいが限界だったのに、この作品ではヒトの言葉はもちろん、顔かたちも人間なのである(耳としっぽはある)。

最初の作品では、「私は自分を人間だと思っているので、この姿で登場します」という注意書きがあるのだが、2回目以降ではそんな注意書きがなくてもすんなり読めてしまうから不思議である。物語は、ネコの世界(ホワイトフィールド伝説)と人間の世界(飼い主である須和野一家の話)がシンクロしつつ進行するが、それまでの彼女の作品がどちらかというと危ない方向に進んでいたのに対し、この作品ではファンタジーとして完成・完結したものとなっている。まさに、設定の勝利である。

作品発表は数年間に及ぶ大河作品であるが、一話ずつ完結しているのでそれぞれ読んでもそれなりに楽しめるのではないかと思う。ちなみに、私が好きなのは瑠璃動静(ラフィエル~これも猫~捕獲に命をかける詩人)と鈴木ブチ猫(チビ猫と一緒に、中央線沿線に「ペルシャ」を探しに行く)。


この作品は今でもファンが多いのですが、30年以上前なのでちょっとだけ。個人的には、「すべて緑となる日まで」も好きでした。

[Oct 17, 2005]