016 石弘之「感染症の世界史」 [Nov 9,2016]

現在の印西市は旧・印西市、本埜村、印旛村が合併してできた。もともと本埜村住民でも印西市の図書館カードは作れたので旧・印西市の図書館から本を借りることはできたが、印旛村の図書館で借りられるようになったのは合併後である。

図書館によって、揃えている本や開架してある本に違いがあるのはおもしろい。印旛村図書館の場合は、日本医大北総病院(救急救命ヘリのロケ地)があるため、病気に関する図書が充実している。日野原重明先生の本が多く置いてあるのもおもしろい。

最近、そうした本を借りてきて読んでいるのだが、現役のお医者さんの書いた本はいまひとつ頭に入ってこない。もちろん文系頭と理系頭の違いがあるし、年々脳の働きが鈍くなっているのでそこは仕方がないとしても、議論の厳密性に重点を置きすぎて、読者が知りたいことをまっすぐ書いていないように感じるのである。

例えば、薬品の実効性について議論する場合、目隠し検査でプラシーボ(偽薬)との違いが統計的に検証されなければ有効とはいえないというのはその通りだが、われわれが知りたいのは、その薬品を投与しなければ何%の確率で症状が重篤化するか、それに対して副作用は何かということであって、統計的な厳密性は二の次の問題である。

その点でこの本は面白かった。著者はお医者さんではなく元朝日新聞の編集委員で、どちらかというと新聞記事的な書き方をしているからだろう。特に、タミフルは人体から下水を通ってすでに自然界に拡散されているので、宿主である鳥の体内でタミフル耐性インフルエンザウィルスができているに違いないなどという話は、統計的な裏付けはないとしても興味深い。

題名のとおり、この本では人類はじまって以来の感染症である天然痘、ペスト、コレラ、結核、インフルエンザからエイズ、エボラ出血熱、デング熱に至るさまざまな病気の流行の経緯、感染源の考察、今後に向けた教訓等を述べたものである。

天然痘は平安初期に大流行したくらいだから、有史以前からある感染症なのかと思っていたら、東洋に入ってきたのはシルクロード経由で東西貿易以降ということだから、まだ二千年くらいしかたっていない。そして、コロンブス以前には多くの感染症に免疫がなかった米大陸の原住民の大多数は、実は感染症によって大打撃を受けたことがインカやアステカが滅亡した原因となったという。

この本を読んで改めて認識したことが2つある。一つは「諸行無常盛者必滅」ということ。人類の歴史において、感染症が原因となって、それまでの人口が半分、極端な場合10分の1以下になることは決して珍しくないことである。だとすれば、これから未知の感染症が大流行してそうした事態になる可能性はないとはいえない。

じっさい、ウィルスの中にはもともと動物にだけ感染するけれども、突然変異によって動物から人間に感染し、さらにヒトからヒトに感染するようになったものが結構ある。そして、そういうウィルスに限って致命的なのである。いまPolitical Correctな観点から人間の移動に制限はかけられない状況になっているから、ひとたび流行すれば鎮圧化は容易ではない。

一方で、いかにウィルスが致命的であっても、遺伝情報としては人間に比べると単純なものしか持っていないので、全人類の何割かは、もともとそのウィルスに感染しない、感染しても発病しないのだそうである。

かつて大変な騒ぎとなったエイズにしても、高リスク集団の中にあってなぜか感染しない、発病しない人達の存在は知られていたそうだし、エイズに限らず、ほとんどの感染症でそうしたケースは認められている。最近の研究では、遺伝情報にさまざまなバグがあって、そのバグゆえに感染しないこともあるという。

そうなると、まさに「人間万事塞翁が馬」、何がラッキーで何がアンラッキーなのかは、「棺を覆いて定まる」としか言いようがなくなる。適者生存という言葉自体、何に対して適しているのかということが常に変わる可能性があるということなのである。


旧・印旛村の図書館には医学関係の本が揃っていて、これもその中の一冊。感染症が人類に及ぼした多大な影響について考察している。

[Nov 9,2016]