811 松本零士「男おいどん」 [Jul 26, 2005]

松本零士といえば、「宇宙戦艦ヤマト」「銀河鉄道999」をはじめとする宇宙SFマンガの大家として知られているが、出世作は知る人ぞ知るこの作品である。少年マガジンに掲載されたものであるが、いまのように青年(成年)マンガ誌などない時代であったのが非常に惜しまれる。本来、もっと評価されていい作品であろう。

主人公の大山昇太(おおやま・のぼった)は九州から単身上京、風呂共同トイレ共同4畳半一間の「下宿館」で正体不明の「トリさん」と暮らしているのだが、働いていた工場が倒産して通っていた「夜間高校」!(定時制高校のこと)の学費も払えず、なじみのラーメン屋でバイトしながら復学をめざしている、というシチュエーションである。

当時はまだ大学進学率が5割行っておらず、女性に至っては「大学を出ると就職がない」といわれていた時代である。寿退社が当たり前で、会社に入ってすぐやめる(女性の平均初婚年齢23~4歳)のだから大卒女を雇ってもコストが合わないという理屈だった。そんな時代だから、働きながら定時制高校に行くという設定もそれほど現実離れはしていなかったのだが、今ではあまり現実味はない。

4畳半一間の下宿館ではあるが、場所がいいのか家主のバーさんの人柄がいいのか、結構若くてかわいい女の子が入ってくる。そのたびに、大山昇太はふられてしまうのだが、「明日のために今日も寝」て毎週の話が終る。彼の定番メニューはラーメンライスなのだが、これは貧乏人の彼がツケで食べられるのはバイト先のラーメン屋だけであるからであった。

最終話で、大山昇太は「出かけてきますんど」と普段のとおり出て行き、そのまま帰らない。残されたトリさんと心配してきたラーメン屋店主を相手にバーさんが「きっといつか帰ってくるから、部屋はそのままにしておくよ」というところでこの物語は終わるのだが、あれから30年経って、いったい彼はどこで何をしているのだろう。

この物語が何ともいえず哀しいのは、部屋にパンツ(とサルマタケ)しかない大山昇太にも上昇志向があって(名前からして)、それがかなうことは多分ないだろうな、と思わせるところである。いろいろなところに「もっと恵まれない人がいる」というエピソードが挿入されており、「上をみればきりがない、下を見てもきりがない」という、一種説教くさい人生観が鼻につかないでもないが、まだまだ貧しかった時代のことを思い出させてくれる名作である。


サルマタケの怪人・大山昇太。最後は、どこに出かけたんだろう?

[Jul 26, 2005]