816 陸奥A子「ハッピーケーキの焼けるまに」 [Sep 12,2006]

昭和50年代に少女マンガに親しんだ世代にとって、陸奥A子の存在感というものは別格ではなかっただろうか。当時りぼんには、田渕由美子、太刀掛秀子、ちょっと世代が下って小椋冬実などの人気作家が輩出し、いわゆる「乙女チックワールド」を展開したのであるが、陸奥A子はその草分け的存在であり、かつ第一人者であった。

「A子」とペンネームにアルファベットを入れているのも新鮮であるけれども、ともかく人気作のタイトルが、「獅子座生まれのあなたさま」「黄色いリボンの花束にして」「たそがれ時に見つけたの」「樫の木陰でお昼寝すれば」「たとえば私のクリスマス」(ああ、止まらない)等々、それだけで乙女チックである。

主人公の女の子は大抵の場合内気で男の子とまともに話をすることもできないのだが、ひとの見ていないところで掃除や花壇の手入れをこまめにするようないい子で、そしてかなりの頻度で体が弱いことになっている。また男の子はみんな友達思いでお年寄りには親切で、何かの夢に向かって努力しているという設定である。30年前はそうした登場人物が読者と一体感を持てたという意味で興味深いものがある。

さて、陸奥A子の作品のほとんどは短編なので代表作を選ぶのは非常に難しいのだが、私の好みということで昭和51年発表のこの作品にふれてみたい。主人公のスキャットちゃんは、農薬の研究をしている「風博士」が失敗作(薬)を庭に捨てているうちに、チューリップの花の中から生まれてきた女の子である。だから生まれた時は非常に小さかったのだが、新鮮なミルクを飲ませているうちに人間の赤ちゃんの大きさになり、やがて成長して学校に行くようになる。

風博士は大正時代(これも陸奥A子の作品によく出てくる)に京都で学生生活を送っていたので、スキャットちゃんが生まれた時すでに御年56歳である。ずっとひげもじゃなので歳がよく分からないのだが、失敗作(薬)をまいた庭の草をサラダにして食べているからか、なぜかいつまでも若々しい。ある日気が付いてひげをそってみると、なんと50以上も若返って若者になってしまっていた。

最後は若返った風博士とスキャットちゃんの結婚式で終るというストーリーなのだが、これは童話なのだから、チューリップから生まれた女の子は果たして人間なのか、とか、顔は若返っても体は70代なのだからいろいろと問題があるのではないか、などと突っ込んではいけない。ともあれ、昔の作品はほのぼのとしていたなあ、と思うことしきりである。

ちなみに、陸奥A子さんはいまだに現役でご活躍中である。せっかくなので最近の作品を読んでみたら、30年の間に絵柄がすっかり変わっていて、とても同一人物の作品には見えない。登場人物は結婚したり離婚したり同棲したり妊娠したりいろいろ大変で、しっかりレディコミなさっているようだ。ただ、ストーリーの奥深くに、バブル以前の健全な価値観というかなんと言うか、昔と変わらない性格が見え隠れしているような気がする。


こんな雰囲気です。

[Sep 12,2006]