021 内田樹「日本辺境論」 [Feb 16, 2010]

最近注目を集めている論客、内田樹(うちだ たつる)氏の新刊である。氏の著作は図書館とブログで愛読させていただいており、非常に参考となる指摘も数多くあることから、今回は新潮新書を購入させていただいた。すでに20万部を突破したというから、この手の堅い内容の本としては売れ筋といってもいいのではないだろうか。

この本の要旨をまとめると、わが国は地理的な要因から他の文明国(古くは中国、最近ではアメリカ)を理想として、それらとの対比で自分達を位置付けてきた「辺境」性があり、それはいまさらどうやっても動かせない。だとすれば、その辺境性を前提として、自らの長所を生かし短所を顕在化させない工夫が必要ではないだろうか、ということだと受け取っている。

その辺境性の一つの例とされる「虎の威を借る狐」論は面白い。虎自身であれば虎としてのアイデンティティは明確であり、どこまでが虎の本質かを分かっている。ところが虎の威を借る狐はどこまでいっても虎ではないので、虎の本質が分からない。だから、虎であればどこまで妥協できるかが分からず、ネゴシエーションができないというのである。

これまで三十年サラリーマンをしてきた中で、「ハード・ネゴシエーター」を自認する何人かの人と仕事をしたことがある。そうした人は例外なく、相手の主張の言葉尻をとらえて議論を本質とは関係ない方向に誘導し、結局のところ自分の主張は一歩も譲らないことをもって「ハード・ネゴシエーター」と名乗っていたのであった。

わたし自身、ある時期からそういうのは違うのではないか。議論というのは相手と共通の土俵で相手の言葉を使って説得することであり、ハード・ネゴシエーターとはいかにも譲歩したように見せながら、実は自分の主張の根元は外さない折衝をすることではないかと思っていたものだから、同じようなことを感じる人はいるんだなあ、と妙なところでうれしくなった。

それと関連して、日本人が議論といっている話し合いの多くは、お互いの主張を中立公正な立場から検証するということではなく、「俺のほうがお前より上である」という差し手争いなのだそうである。言われてみるとその通りで、テレビの討論番組などを見ていても、「俺の方がずっとよく知っている」「お前はものを知らない。だからお前の主張は成り立たない」ということを手を変え品を変え言っているだけである。

このように、なかなか他人にはない視点でものを言う論者なのだが、世代的に団塊の世代というか、全共闘世代というか、少し下のわれわれにはちょっと違和感のある主張もある。この本ではないのだが、「目的地に向かって正しく進むことよりも、みんなで仲良く進むことの方が、優先順位が高い(正しい訳ではないが)」ということを述べている。

これは、聖徳太子の十七条憲法で言われていることと同じで、日本人が歴史的に選好してきたやり方ではあるのだが、正直なところどうかと思うのである。個人的には、隊列を乱さずにがまんして進み、八甲田山中で凍死するよりも、隊列から抜けて田代温泉に一歩でも近づいた方が、同じ倒れるにしても後悔しないような気がする。

もしかするとこの主張は、先だってのトムラウシで、ツアーガイドの未熟な先導にしたがって進退窮まってしまった人達と通じるところがあるような気がするのである。それはそれとして、いろいろ考えさせられる指摘が多く含まれている作品であり、一読をお奨めしたい。


最近の論客の中では群を抜いていましたが、神戸女学院を定年退官して執筆ペースが落ちているようです。もう十分稼いでおられるとは思いますが。

[Feb 16, 2010]