062 かとうちあき「野宿入門」 [Jun 30,2012]

最近アウトドア用品店によく行くので、この本の背表紙は見たことがあった。先週図書館に行くと、たまたまこの本を見つけた。さっそく借りてみた。

本書によると、著者は女子高生の時から公園で野宿をしていたそうである。私も飲みすぎて道端で寝たことは何回かあるが、確信的に野宿をしたことはない。なにしろ危ないからである。いくら日本の治安がいいといっても、正直なところ誰にでも薦められるものではない。

いまの時代、野宿というと真っ先に思い浮かぶのは、競馬とかコンサートチケットの指定席待ちの徹夜行列である。これは大勢で並ぶのでまあ大丈夫だし、若い女の子が寝袋で寝ていても違和感がなさそうだ。著者が推薦する寝袋を持って公園で飲み会~そのまま野宿というのは、近所迷惑なのでやめてほしいものである。

著者が薦める他の野宿パターンは、貧乏旅行の時のJR無人駅や道の駅であるが、これは昔からよくあるパターンで、私も青森や函館で夜明かしをしたことがある。ただしこれは、広くとらえれば列車(連絡船)の時間待ちであるので、野宿というよりは「青春18きっぷ(昔であれば周遊券)」の活用術の一つといえるだろうと思う。

私はまだ「野宿先進国」という四国八十八札所めぐりはしたことがないが、わずか200年前には、一般庶民で旅といえばお伊勢まいりや札所めぐりくらいしかなく、寺社の軒先を借りて半野宿というのは珍しくなかったはずである。私の若い頃だって、いまのように全国にビジネスホテルなんてなかった。

そういう意味では、「野宿スキル」=「どこででも寝られる能力」が大事だという主張は、認めるにやぶさかでない。快適に寝るためには、トイレと水場が重要だという主張も、そのとおりである。しかしそれらを結合して、「いざとなったらトイレの個室にカギをかけて野宿」というところまで来ると、ちょっと首をひねらざるを得なくなる。

野宿するのは個人の自由だといえばその通りだが、ひと様に迷惑をかけてまで個人の自由を主張することは避けるべきである。もし多くの人が、著者が主張するようにトイレの個室にカギをかけて過ごすようになったら、本当に急場でトイレを必要とする人は大変困ることになるのである。

以前中国に行った時に、公衆トイレの前に陣取って、入ろうとする人から使用料(?)を取っている人がいたことを思い出す。つまり、著者は野宿を薦めながら、心のどこかではみんなが同じことをしたら困ることを分かって言っているのである。

できれば著者には、飲みすぎて終電を逃したというシチュエーションから一歩進んで、交通機関も動かない、携帯電話も通じない、コンビニも自動販売機も倒壊しているといったカタストロフに際しても、こういうノウハウがあれば生き残れるという考察をしてほしかったと思う。

[Jun 30,2012]