068 桐野夏生「東京島」 [Aug 30,2010]

いま、さかんにテレビCMを流しているこの作品、元ネタは第二次世界大戦後の北マリアナ諸島・アナタハン島で起こった事件である。北マリアナといえばテニアン島。となると読んでおかなくてはならない。アナタハン島はサイパンから100km北というから逆方向になるが、テニアンと同様、南洋興発のプランテーションで開発された島である。

実際のアナタハン島では島民の大半は日本兵で、帰れないというより帰らない(米軍に投降しない)という状況であった。その頃島で暮らした5年間は長いけれど、横井さんは20年以上グアム島に隠れていたし、シベリアに抑留されていた人達も多くいた時代である。

作者の桐野夏生は、出世作の「OUT」以降、「グロテスク」「残虐記」など、実際にあった事件をもとにした作品が多い。いま最も人気のある作家の一人であるが、私の印象は、発想はともかくとして展開に難があるというか、お話としてはともかく、現実的にどうなのかという点が多い(小説だとしても)ように思える。

別の言葉でいうと、感情移入しづらいのである。例えば、犯人はまず犯罪が露見しないようすべきであろうし、危険が迫ったときは自らの身を守ることに注力すべきであろう。それが何かの理由でできない場合、それが読者に納得のいく形で示されなければ読んでいて面白くない。自分だったらどうする、というのと離れすぎているのである。

だからこの作品もあまり期待しないで読み始めたのだけれど、意外に面白かった。特に、表面上の主人公の観点から述べられた最初の部分を過ぎると、途端に物語に引き込まれる。実際のアナタハン島事件は、唯一の女性(20代前半)を巡って殺し合いが起こったが、そんな単純な筋書きではないのである。

その意味では、映画版がどの程度原作の面白さをとどめているか、ちょっと疑問に思っている。そもそも、主人公は46歳の太った女性(映画のような美人ではない)であり、トーカイムラに追放されるのはハゲかけた男なのだ(ネタバレになるのであまり言わない)。そもそも、原作より面白い映画などはほとんどないのだけれど。

さて、こういう設定が示されると、「自分ならどうするか」を考えながら読むのは仕方のないところである。その意味で、納得がいかないというか、どの登場人物にも感情移入できない点が残るのは、いつもの通りこの作者の物足りないところである。

例えば、誰も住んでいない無人島というのは、それなりに理由があって住んでいないことがほとんどである。火山があったり、風土病があったり、水が得られなかったり、何かの理由があるはずなのである。実際のアナタハン島でも、大量の漂流者が加わって食料不足となった。このあたり、「東京島」は読んでいて釈然としないところがある。(例えば水はどこから得ていたのか。途中から地下水が出てくるが)

そして最大の疑問点として残ったのは、なぜ誰もこの島の正確な位置を測定しようとしなかったのか、という点である。太陽と星の軌道を見れば、緯度はそれほど苦労しなくても分かる。初めは時計を持っていたのだから、大体の経度だって測定できたはずである。季節だって、何年もいるのだから推測できなければおかしいし(赤道直下にいたとしても見える星が違う)、暦を作るのだって難しくなかった。

脱出しようとする以上、自分達の位置や、季節(気候や風向き)を知らないで船出しようというのは、どう考えても無謀である。また、他の部分では抜け目ない登場人物たちが、誰かが脱出できても島の位置を教えられなければ助けは来ないということに気づかないというのも不思議である。私が感情移入しづらいというのは、そのあたりなのである。

 

[Aug 30,2010]