069 車谷長吉「人生の救い」 [Aug 5,2013]

車谷長吉(ちょうきつ、と読む)。この人の小説は非常に個性的かつ特徴的であり、好みに合う合わないがはっきりしている。正直なところ、私の好みには全く合わないので、何冊か読んではみたもののさらに読んでみようとは思わなかった。

ところが、この本を読んで、ちょっと読み返してみようかという気になったから不思議である。朝日新聞の人生相談「悩みのるつぼ」の回答を再構成したもので、内容的には新聞に載ったものがそのまま書かれている。解説の万城目学氏が指摘するように、「土曜日(朝日の人生相談は土曜版に掲載)の朝っぱらから得も言われぬ澱みを纏ってスタートした」気分になる回答である。

にもかかわらず、読みだしたら止まらない魅力(魔力?)がある。この本を読んでから、ライバルである読売新聞の人生相談をみるたびに、「私は遺伝性蓄膿症なので、生まれてから鼻で呼吸ができません。口で息をして生きています。つらいことです。」とか、「あなたはなまくらな人です。」とか車谷回答をする癖がついてしまった。

これらの回答から窺われる作者のスタンスは、「人生とは身も蓋もないものであり、きれいごとではない。人生には救いなどというものはない。」ということである。それなのに、「人生の救い」という題名を付けてしまうのだから恐れ入る。もし、題名を見ただけで買ってしまう人がいたとしたら、奈落の底に引き込まれることになってしまいそうだ。

さて、この本の回答の中では、教え子の女子高生に執着する高校教師に対しての、「生が破綻した時から真の人生が始まるのです。破綻して、職業も名誉も家族もなくなった時、はじめて人間とは何かが分かるのです。」という回答が諸方面から注目されているのだが、私としては、別の相談への回答が気になっている。

それは、共働き新婚家庭の妻からの、生活費もローンも均等に負担しているのに、金がないと愚痴るだけでなく共有財産の口座から私物を買う夫にがっかりという相談に対し、「あなたの夫は駄目な男です。ことお金のことに関して、愚痴・小言・泣き言の多い男を救う道はありません。」と回答するところである。うーん、そんなに大問題なのかなぁ・・・。

車谷先生の回答に出てくる登場人物は、先生の短編「鹽壷(しおつぼ)の匙」を読むとだいたい出てくる。だから、この人生相談を読むと、他の作品も読みたくなってしまうのである。作者の言いたいことがよく分かるという意味では、この人生相談回答が先生の代表作と言ってもいいかもしれない。


「新聞連載時より話題沸騰!切実な問いに著者が突きつける回答とは」 だそうです。

[Aug 5,2013]