071 小泉八雲「怪談」 [Jan 15,2007]

ご存知のとおり日本の伝奇小説の最高峰であるが、なぜか差別語問題以降入手しづらい状況にあった。現在出ているのは偕成社文庫版。昔の「怪談」は「耳なし芳一のはなし」が最初だったはずなのに、いまでは「むじな」から始まるのはその影響か。作者小泉八雲はご存知のとおり明治に入ってから日本に帰化した米国人ラフカディオ・ハーンのことであり、もともと新聞記者で仕事で日本に来たハーンが、欧米に日本を紹介する意図で英語で書いた本である。

作中でもことわっているように、ここに収録されている作品は上の二つの作品や「雪女」「ろくろ首」をはじめとして八雲の創作ではなく、日本の民話から採られたものである。それでも現在そうした話は八雲のこの作品以外で読むことは難しく、おそらくいろいろと細部の違っている伝承から分かりやすく整理された形で作品にまとめた八雲の功績は、きわめて大きい。

そして、柳田邦夫の「遠野物語」がまさに民間の伝承の純粋な形を残しているのに対し、この「怪談」はそれに加えて日本の地理・歴史の紹介という要素がある。その意味で、いま読み返してみるといろいろと新鮮な発見があって楽しい。

例えば「雪女」、吹雪にあったきこりの二人が小屋で一夜を過ごしていると雪女が現れて息を吹きかけると年寄りの方が死んでしまう、という話であるが、この話の舞台は越後でも奥州でもなく、武蔵(東京・神奈川近辺)なのである。

確かに奥多摩や秩父、丹沢あたりは雪になることも多いのだが、イメージ的にもっと雪国の話かと思っていた。でもよく考えてみると、雪女がお雪となって嫁に来た時すごい色白で驚かれたというのだから、みんな色白な東北や新潟というより関東の話という方がそれらしい。もしかしたら昔の関東地方はもっと寒かったのかもしれない。

「鏡のおとめ」という作品では、井戸の中に沈められてしまった鏡の精が、「私は昔、藤原家の宝であったので、藤原の血をひく足利将軍(義政)に献上してほしい」という場面がある。

確かに足利氏、つまり源氏の祖先である清和天皇は藤原氏の血筋だし、足利将軍の歴代の正妻である日野氏も藤原一族なのだが、いわゆる五摂家、藤原本家からはかなり遠い。それでも当時藤原家の縁につながると認識されていたということは興味深い。あるいは、文化人将軍である義政だけに、平安王朝文化を支えた藤原氏とイメージ的に近かったのかもしれない。

そうした作品もあるのだが、やはり白眉といえるのは「耳なし芳一」であろう。琵琶法師の芳一(琵琶法師は目の不自由な人の職業)が平家の怨霊に呼び出されて夜な夜な平家物語壇ノ浦の段を演奏させられる。それに気づいた和尚が、芳一の全身に経文を書き込んで怨霊に見えないようにするのだが、耳だけ書き忘れて持っていかれてしまうという話である。

書き込まれた経文は般若心経。井沢元彦氏がよく書いているように、般若心経は空の理論(色即是空、空即是色)について述べた理論書なので、なぜ怨霊除けになるのかと思うのだが、おそらく八雲の認識は聖書と経文は同じようなものなんだろうと思う。

[Jan 15,2007]