110 ブライアン・サイクス「イヴの七人の娘たち」「アダムの呪い」 [Dec 14, 2016]

ブライアン・サイクスは英国の分子遺伝学者。オックスフォードの分子医学研究所で、世界中の人種や化石から採取したDNAを分析して、人類がどのようなルートを通じて現在の形になったのかを研究している。

今回あげた2冊の本は「イブ」がミトコンドリアDNAの分析、「アダム」がY染色体DNAの分析で、いずれもここ20年で急速に研究の進んだ分野である。ちなみに、ミトコンドリアDNAは母親から子供にしか伝わらないし、Y染色体は父親から息子にしか伝わらない。著者はミトコンドリアDNAに注目した最初の研究者である。

サイクスをはじめとする分子遺伝学の成果、つまりDNA分析により現代人の共通祖先が存在した年代を推定したり、化石やアイスマンのDNAを復元して現代人と比較したりする研究により、それまで現代人との関わりが不明であったネアンデルタール人が絶滅したらしいことが分かったり、現生人類がアフリカから各大陸に広がったことが証拠づけられたりしている。

この本を読み始めた時に思い出したのは、かつて深く研究した競走馬の血統についてである。われわれが若い時には、競走馬の父系(サイアーライン)をたどると3頭の馬になるというのが血統研究の「はじめの一歩」であった。いずれも1700年代、いまから300年前の馬で、ダーレーアラビアン、ゴドルフィンアラビアン、バイアリータークの3頭である。3大始祖という。

実際に日本の競馬においても、クライムカイザー(ゴドルフィンの子孫)やシンボリルドルフ(バイアリータークの子孫)などのダービー馬が1970年代までは出ていたものの、2016年の現在、生産されている馬の99%以上はダーレーアラビアンの子孫である。おそらくあと50年もすれば、日本のみならず全世界のサラブレッドの父系祖先はダーレー・アラビアンのみということになるだろう。

そして、ダーレーアラビアンの父系で現在残っているのは1764年生まれのエクリプスの子孫が99%である。そして、そのほぼ半分が1935年生まれ(たった80年前!)のネアルコだから、もしあと200年競馬が続いていれば、全競走馬の父系をたどるとすべてネアルコという時代になるかもしれない。

一方で、母系(ファミリーライン)というのは数多く残っていて、日本だけでも何十というファミリーがある(輸入馬がいるので年々増える)。全世界となると数百というオーダーになると思われる。これは、種牡馬が1年で百頭以上の種付けが可能であるのに対し、繁殖牝馬は1年に1頭しか産めないから、そんなに急には収斂されないのである。

人間もきわめて長期間のスパンをとれば、同様に父系・母系とも数少ない共通の祖先にたどり着くというのが本書の指摘するところである。「イブ」では、ヨーロッパ人の母系祖先をたどると7人の女性に収斂するという(全世界では、いまのところ35人になるらしい)。

さて、それぞれの本であるが、「イブ」の方は著者がミトコンドリアDNAによる分析に着手してから7人の共通祖先に至る経過を時系列的にたどるもので、臨場感があって面白い。当初は(といっても20年くらい前の話)ミトコンドリアDNAが信頼できるものかどうかから議論されているので、いまの科学の水準を知る上でも有益である。

一方の「アダム」は、もともと著者がY染色体の先端研究者ではなかったので、ある意味、知っていることを書いただけという見方もできる。本を面白くするためもあっていろいろと大胆な推論をしているのだが、ちょっと首をひねるところも少なくない。著者はそうではないと言うだろうが、いわゆる竹内由美子的な書き方である。

すべての男性がY染色体の命じるままに=本能のままに行動しているという指摘はともかくとして、私的所有は農耕以降に発生したもので、それによりY染色体の淘汰が始まったというような推論がなされているが、私的所有はそれこそ石器時代だって土器時代だってあったと思う。財産ということでいうなら、余剰生産物があるかどうかが重要で、農業生産に限らない。(→1.5.3 富の蓄積と余剰生産力により領土拡大は意味のあるものとなった。)

ということで、どちらかというと「イヴ」の方をお薦めするものであるが、最先端の人類学についていろいろ勉強になることは間違いない。


分子遺伝学の成果により、個人個人のDNAを調べれば、誰と親戚でどのような来歴により今日に至ったか、分かるそうです。知りたくもあり知りたくもなし、といったところでしょうか。

[Dec 14, 2016]