113 佐藤優「崩壊する帝国」 [Aug 13, 2008]

鈴木宗男と佐藤優のコンビを好意的にみる人はあまりいないのではないかと思う。その理由は端的にいうと、「権力をかさに着る」からであろう。鈴木宗男のように選挙になるとぺこぺこ頭を下げまくり、それ以外のときは尊大に振舞う人間は、基本的にあまり尊敬されない。

佐藤優の場合は、その外見があまりにもふてぶてしいのと(この本によると、ロシアの少数民族に似ているのだそうである)、宗男の子分だというイメージで粗暴な印象を受ける。だから彼の書いたものも、どうせ職務上知りえたことを書いているのだろうと思ってこれまであまり関心がなかった。

その意味では、かなり意表をつかれた。佐藤優は同志社の大学院でキリスト教神学を学んだ研究者で、チェコにタダで行こうと思って外務省に入ったという経歴を持っていたのである。もちろんロシア正教にも詳しく、それで旧ソ連に独自のネットワークを持つことができた。

この本の前編にあたる「国家の罠」は、基本的に逮捕後における検察とのやりとり(その中には自己正当化もかなりの部分含まれる)が中心であるが、この本では、逮捕される以前の話、つまり著者がどのようにしてネットワークを築いたかが書かれている。自壊する「帝国」とは、著者が勤務していた旧・ソビエト連邦のことである。

共産主義は「宗教はアヘンであり、神は存在しない」という建前である。にもかかわらず、実際にはロシア正教という宗教的バックボーンがあり、そうした本音の部分を巧みに隠した二重構造が存在した。このことがソ連崩壊の大きな要因となったという分析は、一読の価値がある。

一方で、理想かカネかの二者択一を迫られた結果、「カネ」を選んだケースや、民族紛争の実態はカネ儲けではないかと疑われるケースなどにせっかく言及しているのに、神学的な分析からその部分にさらに進めなかったところは、やや物足りない感じがした。キリスト教世界の定番である「ユダヤと反ユダヤ」についても、宗教的なものだけでなく世俗的な部分(つまり、カネ)について踏み込めば、もっと説得力があるのではなかろうか。

そしてもう一つ、この人が好かれないのは、おそらくキリスト教(だけでなく他の宗教もそうかもしれない)の特徴的な価値観、「目的が正しければ手段は問わない」があるからではないかと思う。

佐藤氏が逮捕されたのは、他の外務官僚のように公金を私的に蓄財(馬とか)したからではない。きちんと上司の決裁(あるいは許可)を得て、情報活動をしていただけである。しかしその実態というのは、この本からも類推されるように、結局のところ飲み食いであり、情報ルートへの便宜供与である。

彼にとっては、「自分がいかにカネを使う権限があるかを示すことは、情報ルートを確保するために有意義である」ということなのだが、その目的はともかく手段として用いられているカネは、結局のところ税金であって彼のカネではない。

そこのところのバランスが失われているところに、キリスト教的な異質なものを感じてしまうのは、偏見だろうか。ちなみに、ロシアでは120kgなければデブとはいわないそうである。

 

[Aug 13, 2008]