118 椎名誠「哀愁の町に霧が降るのだ」 [Aug 12, 2005]

「野菊の墓」(伊藤左千夫)が映画化されなくなって久しい今、わが郷土千葉県の産んだ作家の代表格は椎名誠ということになるだろう。その椎名誠の代表作がこの作品である。

小岩(昔は今よりかなりうらぶれていた)の中川放水路沿い、昼間でも陽の当たらないアパート克美荘の6畳1間に、椎名、木村、沢野、イサオの4人が共同生活を始める。まともに稼ぎのあるのは、サラリーマンのイサオただ一人。残りの三人は親の仕送りやらバイトの収入でなんとかやっていくのだが、毎日酒盛りをやっているためか、その経済はたびたび破綻する。そう、この物語は創作ではなく、実際にあったことを書いているのであった。

作者はいわゆる団塊の世代で、私より10ほど年上になる。この世代はどの分野にもすさまじいエネルギーを発揮した世代であり、学生運動をやってみたり、モーレツ社員をやってみたり、「人類の進歩と調和」で大阪万博をやったりした。前に触れた「男おいどん」もそうなのだが、この世代の共通項は「上昇志向」である。

前の世代がそうだったためか、私と同年代の中には「一生懸命」があまり好きでない人が多い。もし、そうせざるを得ない状況にあったとしても、「テキトーに」やっているように見せるのが信条だったりする。これと対照的に、椎名誠はどこで何をしていても一生懸命である。無人島に行っても、厳寒のシベリアや中国奥地に行っても、子育てをしても、である。

この物語に話を戻すと、一番好きなところは、みんなで布団を干しに放水路沿いに行くところである。(上中下の下巻)布団を干したら、うまいカツ丼を食わせるという約束だったのだが、なんとその店が閉まっている。「どうすんだよ、カツ丼の件は、どうすんだよ」と逆上する沢野に、3人のとった解決策は?といったくだりである。総武線で何十年も通勤通学したせいか、あのあたりの風景が目に浮かんで、とてもうれしくなる。

正直なところ、若い男4人で6畳は臭いだろうな、と思わないでもないが、おもしろくて哀しい、スーパーエッセイである。


椎名誠は確か市立千葉出身。市立千葉とか、聖書学園とか出てきてしまうのが千葉ジモティ。昔の総武線は、千葉の向こうかこちらかで、女の子の顔が全然違いました。

[Aug 12, 2005]