163 レイモンド・チャンドラー「ロング・グッドバイ」(村上春樹・訳) [Jan 3,2011]

2010年は忙しい1年だったけれど、結構本を読んだ。その中で一番面白かったのはこの作品である。

村上春樹の作品の中で一番好きなのは「羊をめぐる冒険」で、いまだに時々読み返すのでもう何十回も読んだ。一方、最近の作品はあまり好みに合わなくて、「1Q84」も図書館で借りられるまで待つつもりである。だから、好みに合った村上春樹の新作には出会うことはないのだろうと思っていたら、なんとこの訳が非常によいのである。

チャンドラーの作品といえばハードボイルド。「ハードでなければ生きていけない。ジェントルでなければ生きていくに値しない」の名セリフで知られる私立探偵フィリップ・マーロウのシリーズも、昔々読んだ時はあまりぴんとこなかった。ところが、この本を読んでみると、まさに「羊」そのものなのだ。

ご存知のとおり「羊をめぐる冒険」は、村上春樹のデビュー作である「風の歌を聴け」から「1973年のピンボール」「ダンス・ダンス・ダンス」へと続く連作である。登場人物の一部(羊男とか)が他の作品にもちょい出している、村上春樹の背骨的作品群でもある。そして、この「ロング・グッドバイ」を読むと、舞台が日本とアメリカと違うだけで非常に良く似た作品なのである。

もちろん、訳しているのが村上春樹なので文体が同じなのは当り前なのだが、展開の進め方や細部へのこだわり方が非常によく似ている。フィリップ・マーロウは羊男に言われてダンスしているようにみえるし、食事とコーヒーの違いこそあれ、同じようにまともな食べ物にこだわっているし、本人にしか受けないようなギャグを言うところもおんなじだ。

一方で大きな違いは、チャンドラーがマーロウの「ダンス」を通して、アメリカ社会=物質至上主義への矛盾を描いている(ように感じる)のに対し、村上春樹のオリジナル作品はシステム対個人の内面的な確執(壁に立ち向かう生卵のような)に焦点が当てられている(ように感じる)ところである。

そうした違いがあり、さらに半世紀以上昔の作品であるにもかかわらず、チャンドラーの作品には古臭さは感じられない。これは、現代の日本が当時のアメリカと同様の問題点を抱えているということもあるが、今世紀に入って、わが国を代表する作家が新しい感覚で訳したという点も大きいのではないかと思う。

「ロング・グッドバイ」についていえば、結局のところ主人公がハードな思いをして達成できたことは何だったのだろうという問題はある。同じく村上春樹の訳が出ている「フェアウェル・マイ・ラブリー」もそうなのだが。

これはチャンドラーの作品を読むだけでは解決しない問題だが、村上春樹のオリジナルを読むと、おそらくは「無駄なようにみえて、実はものごとがあるべき方向に進められる」ことではないかと推測される。それをチャンドラーが意図したかどうかは分からない。だが、そう読んでしまうのは避けられないところなのである。

今年は改めて、ダシール・ハメットでも読んでみようかと思っているところである。

 

[Jan 3,2011]