164 筒井功「日本の地名」 [Mar 8, 2017]

著者は共同通信社を42歳の時に退職し、以来「サンカ」を中心に民俗学を研究している。すでに齢七十ながら、コンスタントに著書が出版されるようになったのはここ十年ほどだから、最近といっていい。「新・忘れられた日本人」という著書もあるから、宮本常一を意識しているのは間違いない。なにしろ、軽トラで車中泊しながら全国を調査して回っているくらいである。

この本は「サンカ」とはあまり関係がないが、全国を調査で回った経験から地名を考察しているのでたいへん参考になるし、結論も妥当であると思う。最初は、副題である「60の謎の地名を追って」に引きずられて難読地名の研究かと思って読み始めたところ、日本の地名そのものの由来について考察する本だったのは予想外だった。

考えてみれば、地名が最初につけられたのは漢字も伝わっていない古い時代で、呼び名だけがあって漢字地名などなかったというのは著者の言うとおりである。そして、全国各地に似た地名が多いのは、もともとは地形や山・川・海との関係、定住した人達の職業などをもとに付けられた地名が多いというのも、考えてみれば当然である。

というのは、高速で移動する交通手段がない頃、歩いて行けない範囲に同じような地名が付いていても特に不便はなかったからである。それらを区別する必要が出てきたのは高速で移動したり広域を統治したりするからであって、歩いて移動できる範囲だけならそれほど多くの地名は必要ないし、そこに住んでいる人が場所を確認できればそれでいいのである。

私が思うに、地名(人の名前もだけれど)を記録する必要が出てきたのは徴税が発端だろうから、その時点つまり律令国家が生まれた時点で、呼び名だけの名前から漢字の地名が付けられたと思われる。いまでも奈良時代の木簡(字を書いた木片)が発見されることがあるが、たいていは租庸調に関する記録である。

その際、朝廷からは地名にいい字(好字)を付けるように命令が出されたというのは、この本を読んで初めて知った。「好字令」と呼ばれていて出典は続日本紀というから、リタイアしたら勉強しようと思いつつ未だ手をつけていない本である。元明天皇の和銅五年(713年)の発令だから、律令国家誕生直後のことである(大宝律令は701年)。

この著者の考察で優れていると思うのは、よくある地名由来伝説やアイヌ語・朝鮮語由来説は必ずしも妥当とは言えないと主張していることで、なるほどそうだと思う。ツルといえば判で押したように鶴の伝説が出てくるけれども、「ツル」というのは昔からある日本語で河岸段丘のことだと言われると、なるほどと思う。

古都・奈良の地名由来も、よく言われるのは朝鮮語の「ナラ」(国)が由来であるということで、私もいままでそう思っていたが、著者によると「ナラ」は「均(なら)す」と同じ語源の言葉で、平らになったところという意味が地名になったものだという。なるほど奈良は山に囲まれて平らになったところだし、全国各地に「奈良」地名があるのも納得である。

(百済は音で読むと本来ペクチェであるが、百済滅亡後に日本に移住した人達が「クン・ナラ(大きな国)」と称したので、日本においてはクダラと読むようになった。)

この本の指摘で認識を新たにしたのは、いまや日本語の語彙からなくなってしまった言葉というのはかなりの数あるということであり、その原因の一つが方言がなくなったことである。いまでは全国各地どこへ行っても標準語であるが、半世紀前だってそうではなかった。東京近辺と北海道だけが標準語で、あとの地域は多かれ少なかれ方言でしゃべっていた。

NHKが放送を始めてからテレビ・ラジオで流れている言葉が唯一の日本語ということになったとよく言われる。中国も同様の経緯があって、いまや北京語が共通語となりつつあるという。私などは、本来日本語にない二重母音を聞くだけでNHKの罪は大きいと思うのだが(命令をmeireiと発音するとか)、まあこれも時代の流れなのかもしれない。

そして、古事記や日本書紀、万葉集を読むと、いまでは使われなくなった日本語がたくさん出てくるということも分かった。いま出版されている万葉集の中には、何と読むか不明なので万葉仮名のまま印刷されている箇所もあるのだが、その中にはなくなってしまった言葉も含まれているのかもしれない。

逆にこの本を読んでいて耳ざわりなことは、「知識がないので断言できないが、私の考えを言えといわれればこうである」式の言い方がしつこく出てくることである。本というのは100%正しいことを書くものではなく(教科書だってそれは無理)、自分はこう思うということを論拠を示して述べるものだと思っているので、それは言わなくてもいいことなのである。


難読地名についての本かと思って読み始めたところ、日本の地名そのものの由来について考察した本でした。地名伝説の多くは後付けの作り話で、もともとは地形や山川との関係、住む人の職業が主だそうです。

[Mar 8, 2017]