166 リチャード・ドーキンス「利己的な遺伝子」 [Jan 12, 2006]

注.この本の性格上やや過激な表現がありますが、あくまで生物学的・社会学的な見地から述べているものであり、個々人のライフスタイルに口出ししようというものではありません。ご容赦ください。

さて、今年初めての本のご紹介をどれにしようかと考えていたら、昨年とうとう日本の総人口が減少に転じたというニュースがあった。30年近く前に学校で「人口統計」を勉強していた頃には21世紀半ばといわれ、1990年頃に「1.57ショック」(出生率がひのえうまの年を下回る)があったときには2010年代といわれていた人口減少社会がとうとう現実のものとなったことになる。

ところで、週刊文春で連載を持っている竹内久美子さんという人がいる。彼女の著作で述べられているところの「姑が嫁をいじめるのは、古い嫁を追い出して新しい嫁を迎えることにより、自分の遺伝子を増やそうという戦略である」的主張のネタ元になっているのが、この本である。というのは、竹内さんの先生は日高敏隆京大教授なのだが、この方がドーキンスのこの著作の日本語訳をされた方なのである。

ドーキンスの考え方は「進化的に安定な戦略というのは、いったい何にとってなのだろう」というところから出発している。従来、例えば進化というのは、種の保存なのであるとか、淘汰であるとか、いや個体にとっての最適な戦略が合わさってそうなったのであるとか、いろいろな主張がなされてきた。しかし、生物学者であるドーキンスは、そうした従来の観点では説明できない動物の生態があることに着目した。こうした生態が現実に残っている以上、それは何かにとって安定的な、メリットのあるものなのではないか。

その結果到達したのが、「生物は、遺伝子の乗り物である。生物の行動、生態というものは、遺伝子のコピーという観点で進化的に安定な戦略をとっているのである」という結論であった。それにより、生物のいろいろな行動に説明がつくのである。さらに、世代間(親子)での利害の対立、配偶者(というと人間ですが、そうとは限らない)との利害の対立等々、これまでとはまったく違った観点から光が当てられたのである。

例えば、なぜ人間の大部分は一夫一婦制をとっているのか?未開な社会では乱婚ないしハーレムだったものが、宗教など社会的規範でそうなってきたと考えがちであるが、動物だってつがいの相手が確定しているものはいるのである。ドーキンスの理論によれば、遺伝子が自らのコビーを残すという最適な行動をとると、集団の大部分は一夫一婦制となり、何分の1かが「浮気戦略」「尻軽戦略」をとることが進化的に安定となるのである。特に何らかの理由がない限り(富の集中とか)、人間という生物はそうなるようになっているのであった。

 

 

この本で一番印象に残っており、かついろいろな意味で参考にしていることがあるのでご紹介したい。

行動の選択肢に「好意」と「悪意」があり、お互いに協力(双方「好意」)すればほどほどのプラスだが、裏切った場合(自分が「悪意」・相手が「好意」)最大のプラス、相手に裏切られた場合(自分が「好意」・相手が「悪意」)が最大のマイナス、お互いに裏切った場合(双方「悪意」)そこそこのマイナスという関係があるものとする[“囚人のジレンマ”とも呼ばれるケースである。本書では、くちばしの長い鳥と、その頭のノミという例をあげている。お互いに相手の頭のノミを取り合えばそこそこのプラスだが、自分は取ってもらい相手のは取らないという場合が自分の手間がかからない分個体にとって最大のプラスとなる]。

このような関係性を持つ個体が一定数いるとして(つまり、そういう社会があるとして)、進化的に安定な戦略とは何なのか。すべてが協力(好意)のみで成り立っているお人よしの社会ではほどほどのプラスでみんなが満足しているが、そこに「裏切り者」(悪意)が現れたとする。すると、この「裏切り者」は最大のプラスを得ることができるからその数を増やしていく(例えば自分の頭のノミはとってもらい相手のノミはとらないから、その分えさをとったりする時間が増えて栄養状態がよくなる、といった状況)。

ところが、社会すべてが「裏切り者」となった場合、誰も自分の頭のノミはとらないから、みんながマイナスとなり社会全体が衰退していく(例えば、衛生状態の悪化により伝染病がはやるという状況)。それでは、さまざまの戦略を持つ個体が社会を構成するとして、どのような戦略がベストであるのか、コンピュータで演算してみたのである(プラスが一定値になれば増加し、マイナスが一定値になれば減少するというような仮定を置いて)。

すると、「お人よし」戦略、つまり相手がどうあろうと常に好意で対応するという戦略は、いろいろな状況による変化はあるが、最終的には生き残るし、「裏切り者」戦略、つまり好意に対して悪意で応えることにより大きなプラスを獲得しようという戦略は、それがどのように巧妙なものであったとしても、ごく少数あるいは全く生き残れないということが分かった。そして、最大のプラス、つまり社会においてより選択されていく戦略とは何か?実は、”Tit for tat”戦略といわれるものなのである(それと関係あるのかどうか、昔そういう種牡馬がいた)。

”Tit for tat”戦略とは、日本語では「しっぺ返し」と訳しているが、何もなければ「お人よし」なのである。しかし、相手が悪意を示してきた場合、その相手に対し次回は悪意で応えるというものである。この「次回は」というところがミソで、次回以降は再び「お人よし」に戻る。これが「お人よし」以上の成績をあげる唯一の戦略ということである。対人関係においてどの程度の実効性があるのかは分からないが、私自身このことを頭に置いて人と関わるように心がけている。

昨日の最初の話に戻るが、「個体数の増減」についても実は遺伝子にとって最適な戦略に沿ったものであることが考えられるらしい。従って、人口減少社会になったからといって、それほど気にする必要はないのかもしれない。少なくとも、「個体数の減少」は「飢餓の回避」という側面があるようである。


いまや古典的名著となってしまった作品。生物学が実生活の何に役立つかと思われるかもしれないが、例えば害虫の駆除には生物学の知見が必須です。

[Jan 12, 2006]