210 中山義秀「テニヤンの末日」 [Jun 12, 2008]

私が小さい頃、昭和30年代中頃にはまだ傷痍(しょうい)軍人の人たちが上野界隈にいて、太平洋戦争(第二次世界大戦)はそれほど遠い昔のことではなかった。小学校の頃には「明治百年」がたいそう話題になったくらいで、江戸時代さえはるか遠くのこととは思わなかった。

この作品の作者である中山義秀(なかやま・ぎしゅう)は、1900年ちょうどに生まれた小説家で、戦前に芥川賞を受賞している。江戸から明治にかけての時代を背景とした作品が多く、その功績を称えて郷里である福島県白河市に中山義秀記念館がある。そして「テニヤンの末日」という作品は、もちろんダイナスティ・ホテルのあるテニアン島を舞台とした作品である。

戦争末期、テニアン島に軍医として着任した浜野大尉は、もと同級生であり同僚の軍医でもある岡崎大尉とともに厳しい戦局の中で任務を果たす。帝国海軍の救いがたい硬直性・後進性(大声で部下をどなりつけたり、理由もなくひっぱたいたり、酔いどれて放歌高吟する専門の軍人達、ろくに診察もしない軍医長など)に深く悩みながら、やがて戦争は絶望的な状況となっていく。

ラソ(ラッソー)山、テニヤ(ア)ン神社、カロリナス高地、ガラパン(サイパン島)、南洋興発会社などなど、聞き覚えのある単語が次々と登場するほか、「全島一面の甘蔗(かんしょ=サトウキビ)畑」「島には井戸は一つだけ。日常の用水はスコールの雨水を貯える」「十数軒の料亭と百数十人にのぼる娼婦が営業」といった、戦前のテニアンの様子がくわしく書かれているのは興味深い。

芥川賞受賞作の「厚物咲」(あつものざき=菊の品種)もそうだが、テクニック的には古くて、例えば現代の村上春樹といった作家と比べるとその差は歴然としているし、夏目漱石、森鴎外といった明治の文豪のような重厚さにも欠ける。「メッセージ」(いいたいこと)と「ストーリー」(書いてあること)がリンクせず、それを言いたいならこういう書き方はないだろうということもたびたび感じる。

とはいえ、現代のテレビドラマがワンクール3ヵ月10回程度だからといって、ワンクール半年の時代のテレビドラマがつまらなかったとは必ずしもいえない。形式が古くてもテクニックが甘くても、メッセージが直接的に伝わってくるならば作品としては評価することが可能である。その意味ではこの作品も、単にテニアンのご当地小説というだけではない読み応えのある作品ということができるだろう。

 

[Jun 12, 2008]