214 夏目漱石「吾輩は猫である」 [Nov 22,2006]

先週の土曜日、久しぶりに蕎麦屋に行った。蕎麦屋に行くと、頼むのは大もりか大ざるである。わさびはつゆに溶かずに直接蕎麦につけるのが本式らしいが、構わずつゆに溶いてしまう(どうせたいしたわさびではない)。蕎麦を手繰って半分ほどつゆに浸し、そのまま噛まずに飲み込む。蕎麦はのど越しで味わうのである。この食べ方は小学生の頃、夏目漱石のこの作品を読んで始めたのであった。

その頃、生まれて初めて文庫本というものを見て、早速買ったのがこの作品であった。確か角川文庫だったと記憶している。小学生用の装丁もしっかりして字も大きい「児童文学全集」よりかなり値段が安くて、これならいろんな本が読めるぞ、と思った。

ただ、活字は非常に小さくて、紙もそれほど良くなかったから目はひどく疲れてしまう。実際に小4まで両目1.5あった視力が、文庫本を読むようになって1年ほどで0.3近くにまで落ちて、メガネをかけなければならなくなってしまった。高校受験の頃にはすでに0.0いくつかの世界である。

さて、この小説であるが、明治時代に文芸誌「ホトトギス」に掲載された作品で、基本的に1話読み切りになっているので読みやすい。

上の迷亭氏が主人公である苦沙弥先生宅に蕎麦の出前を頼むシーンはとても好きだし、他にも、天彰院様のご祐筆のなんとかとか(天璋院様が島津家から将軍家に嫁に来た篤姫だというのは知らなかった訳であるが)、義太夫に行こうとしたら悪寒がしてとまらなくなる話とか、七代目樽金とか、おなじみの薀蓄話がいろいろ出てくるのがこの小説の楽しいところである。ちょっと暇になった時に適当に数ページ読むのには最高に適した本であるので、そういうニーズのある方にはぜひお奨めしたい。

この小説が世に出たのは日露戦争の直後だからもう100年も前のことなのだが、登場人物の話し言葉や苦沙弥先生の奥さんの亭主に対する態度などを読んでいると、今とそんなには変わらないなあ、という気がする。

戦前(第二次世界大戦前)は閉鎖的な世の中で、戦争が終わってようやく自由になったというのはやや思想的に偏った人の言い分で、実際にはそんなことはなかったという意見があるが、この小説などを読んでいるとなるほどその意見もうなづける。

それはそうと、この小説を初めて読んだ時は、胃弱とか、タカジャスターゼとかになぜか好奇心を覚えてしまったのであるから何とも不思議である。これまでの人生で、二日酔いには数限りなくなったけれども、胃腸が弱いと感じたことは一度もない。

 

[Nov 22,2006]