216 野口悠紀雄「金融危機の本質は何か」 [May 25, 2016]

図書館で本を探して歩いていて、ふとこの本が目に止まった。2009年の本だからそれほど新しくはないが、それほど古い訳でもない。サラリーマン生活も終わりに近づいて、野口先生の本に目が止まるというのも、何かの縁だろう。

野口先生はこの世界では知らぬ者のない大先生で、東京大学、早稲田大学、スタンフォード大学などで教鞭をとられており、また「超」整理法など軽い本でもベストセラーを持っているのであるが、私が教えていただいたのはそれより前、まだ先生が一橋大学に行って間もない頃のことであった。

その頃は第二次オイルショックとバブルの中間期で、日本企業もまだまだ地力をつけなければならないとまともに考えていた時期であった。当時、企業が入社して間もない若手職員を集めて、いろいろな教養講義を行う「背広ゼミ」というのが流行していた。野口先生はその講師であり、私は10名ほどいたゼミ生の一人であった。

まだ週休二日になっていなかった頃だから、時代がひとつ違っていた。ウィークデイに週1回、夜7時か8時からやるのだけれど、仕事が終わらなくて来れない人も結構いた。いま考えると、入社3年以内の新人に残業させなければならない仕事などありえないのだが、当時はそういう時代だったのである。私だって歩積両建でさんざん休日出勤したくらいである。

期間は半年くらいだっただろうか、その最後には会社の保養所に泊まり込みで、最終ゼミというのをやった。もちろん、食事も宿泊費も会社持ちである。私は出席率がかなりよかった(確か全部出席のはずである)こともあったのだろう。先生に、「△△さん(私のこと)、留学するなら、私が推薦状書いてあげますよ」と言われたことを思い出す。私の黄金時代であった。

後から考えると、野口先生は大蔵省出身、私の職場は銀行だったから、おそらくそういうルートがあってかなりの高額報酬でお招きしたのだろう。でも、そういった役所と業界の関係的なこととは全く関係なく、先生は自分の実力で現在の地位を築き上げた。たいへんなものである。それに引き替え不肖の弟子は、少しでも目をかけてもらっただけの精進はしなかったのであった。

野口先生の専門は経済学だが、もともと理系の出身で、数学的なバックグラウンドに立って考察される。私の頃にはまだ「マルクス経済学」が力を持っていて、大学の講義も先生方も、半分とはいかないまでも3分の1くらいはマルクス経済学系であった。しかしながら私は、数学的な考え方が好きで、大学のゼミも統計学だったし、先生も理系出身の先生と相性がよかった。

(そういえば、家の奥さんがTVタックルを見ていたら、高橋洋一が「統計的には・・・」と何度か言っていたそうだ。彼は私のゼミの同期生である。)

それから約40年、マル経はどこにいってしまったんですかという世界だし、野口先生の守備範囲である金融工学やファイナンス理論は全盛である。全盛を通り過ぎて、弊害が目立っているという世論に対してこの本は書かれていて、金融工学のせいで株価が乱高下し景気の足を引っ張るなどというのは、とんだ言いがかりであるというのがこの本の趣旨である。

野口先生にしては、あまり数式は出てこない。それもそのはず、この本は東洋経済の連載記事をまとめたものであった。けれども、「金融工学は、リスクが小さく利益率の高い投資を約束するものではない」「うまい話には裏がある」「やたらと数式を使って丸め込もうとする奴らは、嘘つきである」といった常識を繰り返し述べているのは、さすが野口先生である。

現在に至る金融危機の本質は、プライシング(価格付け)が正当でなかったことで、これは、分からないことを分かると言ってセールスした側に問題があるとともに、本来、そうしたことにブレーキをかけるべきであった人々が、分からないことを分かったふりをして推進してしまったことに原因があると先生は指摘している。

そして、先生が若い頃、この道の権威という先生方(個人名も大体見当がつく。当時大蔵省に顔の利いた先生方だ)から、「若造が分かったようなことを言うな」と言われたことや、米国留学中の思い出、エデンの東の話などいろいろな話があって読み飽きないし、ケインズやフリードマンなど経済学の重鎮に関することなど、豊富な話題が盛りだくさんである。

さすがに野口先生、いくつになっても弟子は教えられることばかりです。


社会人になってすぐ、当時流行の「背広ゼミ」で先生のご薫陶を受けました。その後、たいへん活躍されるようになりましたが、当時はまだ新進気鋭で、会社の保養所で泊りこみの研修をしていただいたことを思い出します。

[May 25, 2016]