262 藤沢周平「海鳴り」 [Apr 5,2005]

藤沢周平を読み出したのは今から15年ほど前、「藤沢周平全集」が出た頃のことである。例によって図書館で借りたのだが、その後読み返したくなって少しずつ新書版を買った。ちなみに、当時から文庫は読みにくかったが、今では立派な老眼である。

藤沢周平の作品を大きく分けると、「武家もの」と「市井もの」があり、映画化やTVドラマ化されているのはほとんどが前者である。最近では「たそがれ清兵衛」がそうですね(2つの作品をMIXさせていますが)。私も夜寝る前に読むのは「平四郎活人剣」や「用心棒日月抄」、「秘太刀馬の骨」など武家ものであることが多いが、今回お奨めする作品は市井ものの代表作といわれる「海鳴り」である。

氏の作品は多くの場合、人間の持つ弱さや世間の理不尽さに翻弄されつつ自らを厳しく律する主人公を描いているが、それが武家ものの場合、最後は剣に物を言わせるので分かりやすく、読後感も爽やかである。

一方市井ものでは、その最後の解決の仕方が必ずしもさっぱりとしたものではない。だから気軽に読み返したくなる作品ではないのだが、氏の作品のもう一つの特徴として、舞台は江戸時代なのだが扱っているのは現代に通じる問題であるということがある。そちらの色彩については、市井ものの方が格段に強い。

主人公である小野屋新兵衛は新興の紙問屋である。夢中で働いてきて初老の域に達し、何かやり残してきたような不安を感じている。大店の主人連中が画策するカルテル騒動に巻き込まれると同時に、同業の店のおかみと関わりが生まれる。

自らの息子の不始末や丁稚時代からの仲間である鶴来屋の家庭問題など問題は複雑にからみつつ、物語は終局へと向かっていく。本の帯のキャッチコピーは「心通わぬ妻、放蕩息子の跡取り、暗闇のように冷える家」である。

この作品が発表されたのが昭和58年というから、ちょうどバブルに向かっていく時期である。その時期に、こうした作品を世に問うた先見性はすばらしいと思う。筋立てもさることながら、細部のさりげない会話が何度読んでもすばらしいと感じるのは、自分がそのような年齢に達してきたこともあるのかもしれない。


二度目の転職の前、毎日のように図書館で藤沢周平全集を読んだことを思い出します。この記事の後、「たそがれ清兵衛」などが続けて映画化、再評価されました。

[Apr 5,2005]