312 宮本常一「忘れられた日本人」 [Mar 28, 2016]

最近5年間くらいに読んだ本の中で、腰が抜けたというか、目から鱗が落ちたというか、最高にすごかったのはこの本である。

この本は、宮本常一が全国各地でその土地の古老から聞き取り調査をしたり、その過程で起こったさまざまなことについて記録したものである。多くは昭和20~30年代に発表されたもので、内容としては明治時代初期の日本の農村の姿であるから、ところどころ古い言葉が使われている。それでも決して読みにくくないのは、宮本の説明がたいへんに巧いということである。

宮本常一は民俗学に独自の境地を開いた人としてたいへん有名なのであるが、あまり好きではない網野善彦の師匠筋にあたるものだから、これまであまり食指が動かなかった。ところが、ふと思い立って読んでみたところ、網野善彦とは違って読みやすいし、主張を抑えて自分が何をどう聞いたかということを淡々と書いているのが好ましく感じた。

まず最初は対馬の話である。戦後間もなく発足した九学界連合(人類学・民俗学・言語学・考古学等関連する9学界が相互啓発や学術交流を図る目的で設立。元大蔵大臣・日銀総裁である渋沢敬三=宮本のスポンサー、の肝煎り)の対馬調査において、本題である調査の内容よりも興味を引かれたのは、資料を貸し出してもらうまでの村人との折衝である。

古くから伝えられている文書を見せてもらうのに、鍵のかかった文書箱を開けてもらうまでが一苦労。だが、徹夜で内容を写したけれども終わらない。しばらく貸してもらえないかと頼んだところ、それは寄合いに出かけている息子に聞かなければ分からないと言われる。そこで息子さんを呼んでもらったのだが、「そういう大事な問題は寄合いにかけて皆の意見を聞かなければならない」と言われてしまうのである。

その後、寄合いに出かけて行って、そこでこう言われて・・・とさらに話は続くのだけれど、ここで明らかになるのは、日本社会の意思決定の過程というのは、そもそもこのようなものだったということである。おそらく作者である宮本常一は、かなり意識的にこの話を挿入している。というよりも、このような本題からやや外れたところに、民俗学の重要な視点がちりばめられている。

昨今、わが国においては意思決定の迅速化が官民ともに重視されているようである。その流れの中にあって、わが国がもともと持っていた意思決定方式である全員参加・全員納得というやり方が捨てられてしまっている。しかし、昔からこういう方法が踏襲されてきたということは、他のやり方でやってもうまくいかなかったということではないだろうか。

少なくとも聖徳太子の十七条憲法には「大事なことは一人で決めてはならない」と書いてあるので、7世紀にはすでにそうだったということである。私が思うに、それは縄文時代(約1万年前)からずっと受け継がれてきた日本社会固有のルールなのである。「待ったなし」とか「バスに乗り遅れるな」とか言っているのは、せいぜいここ2~30年のことである。

対馬の話以外にも、宮本常一が全国の村落を歩いた記録が収められているが、この本の中で最も有名なのは「土佐源氏」である。

この作品は、土佐の山奥にある檮原(ゆすはら)という村で、橋の下に小屋掛けしている乞食から聞き取ったという体裁になっているが、佐野眞一「旅する巨人」(渋沢敬三と宮本常一を題材としたノンフィクション)で書かれているように、この話の大部分は不正確というか虚構(フィクション/作り話)である。

それが、乞食を装った話者の作り話なのか、宮本常一の作り話なのか、あるいは戦争で記録が焼失したことによる記憶違いなのかということは分からないが、いずれにせよ、そうなると学術論文の形式とは若干離れていることは否定できない。(出版社の企画物記事として編集されたものなので、サービス精神を発揮したのかもしれない)

しかし、はじめに書いた対馬の話と同様、「土佐源氏」の中には話の本筋以外のところで、古い日本のしきたりや習俗が多く記されている。仮に本筋の話が虚構であったとしても、宮本常一がこうしたことを書き遺した意義は非常に大きいと考えられるのである。


網野善彦の師匠筋なので食わず嫌いしていたら、すごくいい本でした。古き良き日本を知る上で必読だと思います。

[Mar 28, 2016]