362 ヴィクトル・ユゴー「レ・ミゼラブル」 [Jun 27,2006]

このところマンガの話が続いたので、たまには小説を。小説というジャンルに限れば、日本で親しまれている外国文学というと東(中国)の「西遊記」と西(欧州)のこの作品が東西の横綱であるといっても過言ではないだろう。大抵の国語の教科書には”銀の燭台”の話が載っているし、ミュージカルでもやっている。この小説を全く知らないという人はあまりいないのではないだろうか。

1789年に「ベルサイユのばら」でフランス革命が起こった後、ナポレオンの時代となったが、1814年にナポレオンが没落した後のウィーン体制におけるフランス国内はかなり不安定な状況が続いた。そして1930年の八月革命、1948年の二月革命へと向かうことになる。

この時期有名な絵画にドラクロワの「民衆を導く自由の女神」があるが、既得権益を守ろうとする国王および貴族階級と、自由と平等を旗印にする労働者や市民が、この絵にみられるように鋭く対立したのであった。「レ・ミゼラブル」の舞台となったのも、この時代である。

この物語の主人公であるジャン・ヴァルジャンは家族のためにパンを盗んでそれがもとで20年近くを牢獄で過ごすことになった。出所後、身分を隠して実業家となり、ひと財産作って市長にまでなったが、馬車の下敷きになったフォーシュルバンじいさんを助けたことで刑事ジャヴェールに正体がばれて再び牢獄へ。

事故を装って脱獄し、市長時代に助けることが出来なかったファンティーヌの娘コゼットを引き取ってようやく安定した生活を送るかと思われたが、コゼットの恋人(後に夫)マリユスをめぐって革命の渦に巻き込まれて、というあらすじである。

この物語で一番好きなのは、ジャン・ヴァルジャンがテナルディエのところにコゼットを助けに行くところである。

コゼットを追い出そうとしていたテナルディエが、コゼットを引き取りたいというジャンに「養育費の未払いがある」「この子の親に貸したカネがある」などといってお金を取っていって、まだ払えるとみるや「預かっている子を勝手に渡すわけにはいかない。この子の親から許可がとってあるのか」と言ってさらに巻き上げようとしたところ、ジャンは財布からメモを出す。

そこにはファンティーヌの字で「この手紙を持った人にコゼットを渡してください」と書いてある。というのは、ジャン・ヴァルジャンはマドレーヌ市長を名乗っていた時から、コゼットを引き取るとファンティーヌと約束していたからなのであり、その後牢獄につながれたにもかかわらず、その時に書いてもらったメモを大事に持っていたのであった。

 

 

この小説の原作は4部構成となっていて、第一部の表題が「ファンティーヌ」、第二部が「コゼット」、第三部が「マリユス」、そして最後の第四部がようやく「ジャン・ヴァルジャン」である。もちろん、この物語の主人公はジャンなのだが、その名を付したところが、彼が華々しく活躍するところではなく、コゼットが彼の許を離れ、財産もかなりの部分を譲ってしまい、パリの片隅で一人寂しく暮らしているところ、というのも作者の趣向である。

原作を読まれた方はご承知のように、小説として展開がめまぐるしく動くのは第二部までで、第三部以降はフランスの八月革命(1930年)以降の政治的混乱についての記述が延々と続く。ウィーン体制というのはつきつめると一種の反動政治というか旧来の特権階級の既得権を守ろうという観点から、「フランス革命(1789年)はなかったことにして、昔の王政に戻しましょう」というものであったから、革命後その政治的勢力を強めた市民・労働者層には受け入れがたいものであった。

小説家や芸術家はいつの時代も反体制的であるから、ドラクロワの作品もユゴーの作品も市民のスタンスから描かれているのだが、そうした観点から主要登場人物の造形を考えてみるのもおもしろい。

ミリエル神父に銀の燭台をもらってからのジャン・ヴァルジャンはまるで別の人物のように思慮深く、商売上手で、人当たりがよく、怪力の持ち主なのはともかく、射撃もうまくなっている(どこで練習したんだろう?)のに対し、テナルディエは何十年たっても悪党だし、ジャヴェールは執念深い。マリユスは基本的に世間知らずのお坊っちゃまくんである。

最後の脱獄の後、コゼットを引き取ることに成功したジャンが、またもやジャヴェールに追われて修道院に逃げ込むと、そこの寺男(というのか?)をしていたのが昔馬車の下敷きになっていたのを助けたフォーシュルバンじいさんで、ジャンとコゼットはここで十数年を過ごした、というのも結構好きなところである。

莫大な隠し財産があるのに、十数年もそうやって身を隠して再起の機会を窺うというあたり何とも言えない。私には隠し財産などないのだが、疲れる割に実りの少ない仕事で毎日を送りながら、「いまは修道院の時期だ。もう少し待てば、展開が変わるはずだ」と自らを元気づけている。いろいろな意味で、私にとって印象深い作品である。

[Jun 27,2006]