365 廉思「蟻族」 [Feb 28, 2014]

著者の廉思(Lian Si、リエン・スー)は中国の大学教授。中国にはチワン族、フェイ族、ミャオ族など、独自の民俗・習慣・言語を持つ少数民族が数多く存在するが、題名の「蟻(アリ)族」とはそうした少数民族ではない。中国の大都市郊外に多数存在する大卒低所得群居集団のことである。

最近、中国について個人的に最大の関心事だったのは、わがブログに対する恐ろしい量のスパムコメントであった。特に昨年後半からは、多い日には数十件ものスパムコメントが寄せられ、「最近のコメント」はすべてその種のもので埋め尽くされてしまったのである。

IPアドレスで規制したり、よく出てくる販促ワード(Louis Vuittonとか)で規制したりしたのだけれど、なぜかそういうのをすり抜けてくる。1日に何回もコメントを確認して削除して規制して、とやっていたのだけれど、さすがに時間と手間と気力が追いつかなくなってきた。最後は、従来のブログをあきらめて、新規のブログで更新することにしたのである。

その際に、IPアドレスから発信元を確かめたのだけれど、ご想像のとおり、大部分はChina Telecomで北京からアクセスされていた。IPアドレスの規制をすり抜けてきたのだから、個人ではなく少なくともグループによって、わがブログへの攻撃が行われていたということなのだろうか。全く、迷惑なことである。

個人的には結構な手間と時間がかかったこの事件を考えるヒントとなるのが、この本であった。

中国では、30年前には百万人程度だった高等教育(大学等)学生数が、今日では三千万人にも及ぶ。日本どころではない大卒者の急膨張に対して、就職先はそれほど増えていない。結果として、大学卒業後も故郷に戻らず、大都市近郊で低賃金労働をしつつ生活する人達が、少なくとも毎年数十万人単位で増えつつある。これが「蟻族」である。

蟻族は、北京や上海など大都市の近郊にある、群居村と呼ばれる地域に住んでいる。個人スペースはベッドだけという昔の学生寮のようなところで、プライベート空間はない。安普請で衛生的にもかなりひどいが、家賃は安い。彼らの平均月収は2000元弱というから3万円くらい。支出としては家賃に約350元(5000円)、食費に約500元(7000円)という。

彼らの仕事についても書かれているが、ほとんどが歩合営業など安定的なものではなく、しかも専門知識を求められるものでもない。しかし、彼らの知的レベルはきわめて高い。ただ大学を出ているというだけではない。彼らは故郷の学校をきわめて優秀な成績で卒業したエリートたちなのだ。

この本には、故郷の弟や親戚は普通に暮らして家庭もあるのに、自分は北京に出てこうして狭いところで貧しく暮らさなければならないなどということも書かれている。ベッド1つの生活から、わずかなチャンスをつかんでのし上がる人もいれば、1日中テレビゲームをしている人もいる。そして大多数は、チャンスのないまま年月を重ねるのである。

読んでいると、だんだん気が滅入ってくる。最も切ないのは、中国では高度成長が終わりに近づいてなお、この状況だということである。つまり、パイはこれ以上増えない。彼らのエネルギーを生活基盤の整備や社会資本の拡充に向かわせることができればいいのだが、中国は人口が多すぎて公共の意識が乏しいのが実情である。

日本でも、大卒やポスドクで就職先がないという話があると思われるかもしれないが、レベルが違う。森永くん(同級生だったりする)は年収200万円を低所得者としているし、実際アルバイトでもそのくらいは何とかなるが、月収15万円、およそ1万元は、彼らが理想として届かない収入なのだ。日本の安アパートと群居村のレベルも、また違う。

さらに言えば、公共施設のレベルは日本と中国では雲泥の差がある。個人的には広州と珠海しか知らないけれど、公共施設にウォシュレットのある国と、水洗どころかトイレもない住宅がある国とでは、人生に対する姿勢、世間に対する考え方は当然違ってくるだろうと思う。

私のブログにスパムコメントを入れる人達が、一件いくらの歩合でやっているくらいならまだ救いがある。少なくとも、彼らにはいくらかの収入になるからである。故郷から遠く離れた高学歴低所得の人達が、一攫千金の夢を抱いてスパムコメントを入れているとしたら、すごく気持ちが悪い。行き場のない思いが集まれば、それは呪いである。


中国の大都市近郊に膨張する高学歴低所得集団。日本のワーキングプアとはレベルが違います。

[Feb 28, 2014]