367 渡辺和博「夫婦鑑」 [Feb 8,2007]

さる2月6日に渡辺和博氏が逝去された(享年56)。同氏や「金塊巻」の共同執筆者神足裕司氏は私とほぼ同年代であり(コータリは同学年)、訃報を耳にしてまず最初にちょっと早いよなぁと思ったけれど、考えてみればそういうことがあってもおかしくない年代に差し掛かってきたということでもある。

渡辺氏は伝説のマンガ雑誌「GARO」の編集長を経て、84年「金塊巻」により一躍スターダムにのし上がった。この作品は作家、弁護士、銀行員、商社マン、料理人その他もろもろの職業について、お金持ち(マル金)と貧乏な人(マルビ)でどのくらい差があるのかを明らかにしたもので、マル金、マルビはその年の流行語大賞を獲得した。

その「金塊巻」もかなりおもしろいのだが、今回お奨めするのはその次の作品である「夫婦鑑」(ふうふかん)である。ここでは、当時できたての言葉であったDINKs(Double Income No Kids)に対抗する概念としてOITKs(オイティクス、One Income Two Kids)を提唱したのである。

もちろんDINKsはマル金、OITKsはマルビである。DINKsは片付ける人がいないので家をいつもきれいにしておかなければならないが、OITKsはきれいにしても子供がちらかすので片付けること自体を放棄する、などの違いがあるそうである。

おとうさんの月の小遣いは年収の100分の1になる、という法則をもとにしたマル5(年収5百万円=月のこづかい5万円)とマル8(年収8百万円=月のこづかい8万円)の考察もおもしろかった。

生活していく以上必要な支出というのはある訳で、その支出を勘案するとマル5は毎月赤字が出てマル8は毎月自由に使えるおカネがあることから、服装から趣味から行き付けの酒場からその際のおつまみから全然レベルが違ってきて、この両者を同じサラリーマンという範疇で括るのは間違いである、といった主張だったように思う。

またニューファミリーの区分として、買う車によって「カローラ派」と「シビック派」に分かれるという話もあった。カローラ派は車の中に家庭がどんどん入り込んでしまうのに対し、シビック派は家庭とは一線を画していて、チャンスがあれば妻以外の女性を助手席に乗せようという魂胆があるということである。

他にも、「多摩ニュータウン」と「新松戸」、「姉」と「妹」、カローラとシビックの延長線上にある「ベンツ」と「BMW」などなど、マル金・マルビのようなさまざまの対立軸に関する面白い考察がなされていたのであるが、バブルの崩壊とともにみんなマルビになってしまうような世の中の動きに対応したのか、その後の著作ではあまりこうした議論はみられなくなってしまった。

「マルビ」という一種相対的に貧乏な人(つまり本当に貧しい訳ではない)を揶揄できるのは、いつかはみんなマル金に近づけるだろうという幻想があるからであって、それがなければただの嫌味になってしまう。その意味では、古きよきバブル時代を代表する作品のひとつであったということができるかもしれない。


この本、装丁は頑丈なのに紙質が悪くてもうまっ茶色になってます。著者の趣味でしょうか。ガロだからなあ。

[Feb 8,2007]