340 三十四番種間寺 [Oct 19, 2016]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

雪蹊寺から歩いた1日が、この区切り打ちでは最もグッドコンディションだった。曇り空で10月らしく涼しく、前日までのように太陽がじりじりと照りつけることもない。スケジュールにも余裕ができたし、歩き方もだんだん分かってきたので、心身ともにリラックスして歩くことができた。

そして、実を言うと雪蹊寺から種間寺までの間は、以前歩いたことがあったのである。一番霊山寺から三番金泉寺まで歩いた少し後に、高知に出張があって、せっかくだから歩いてみようと思ったのである。一度歩いた道を歩くのがこんなに楽しいとは思わなかった。これまで通ってきた道も、いつかまた歩くことがあれば、初見とはかなり違った感想を持つことになるだろう。

種間寺へは雪蹊寺を出て西に向かう。しばらくは住宅街であるが、競馬場(何年か前に、ハルウララという全敗の馬がいた競馬場である。当たらないということで、ハルウララの単勝馬券は交通安全のお守りにされた)の道と分かれるあたりから細くなり、細い谷間の道になるあたりは車のすれ違いが困難である。以前歩いた時も工事をしていたが、1年以上経っているのにまだ工事中だった。

雪蹊寺から種間寺への道は、高知市内とはいっても中心街からは山を隔てているのでトンネルをくぐって来なければならず、まったくの田園地帯で市街地の趣きはみられない。交通もたいへん不便で、長浜から種間寺の先、仁淀川大橋までの間は、バスが通るのは1日に数本である。

谷間の細い道を抜けると、道が二つに分かれる。左の車道の方に「←種間寺」の標識があるが、へんろ道は右の細い道である。このあたり、一度歩いているので心強い。初見だと、標識と違う方向なのでかなり不安になりそうだ。

遠くに見える自動車販売店の看板に見覚えがある。こども園の脇を抜け、林の中の細い道を通って丘をひとつ越える。ここでデイケアのバスとすれ違い、立ち止まってバスを通す。バスの中は大勢のお年寄りで、珍しそうに私の方を見ていた。お遍路は見慣れているような気もするのだが、どうなのだろう。

農家の横を通って、小さな丘を登って下りる。ときどき廃屋のような建物があるのは、高知市内に近いこのあたりでも過疎が進んでいるということなのだろうか。坂を下りて進むと、刈り入れの終わった広々とした水田である。水田の境目、あぜ道のような舗装道路を進む。ときどき「種間寺→」の道案内がある。

コスモスの濃いピンク薄いピンク、他にも橙色の花が咲いているのは、刈り入れが終わってから種を蒔いたのだろうか。私が子供の頃、社会科の授業で高知は二毛作ができると習った。温暖な気候を生かして、春から夏に1回目と夏から秋に2回目、年2回米を収穫できたのである。その後すぐに減反政策が始まってしまったが、早くに刈り入れを終えてコスモスを植えるのだろう。

水田地帯を抜けると、しばらく集落の中を歩く。真念「道指南」にある東もろき村・西もろき村はこのあたりであろう。川を越え、やがて水路に沿った道となる。ここからおよそ2kmで種間寺になる。この日は涼しくて汗をほとんどかかず、たいへん気持ちのいい歩きである。途中、自販機のある休憩所で、地元のお年寄りが井戸端会議をしているのものどかであった。

気持ちのいい道を1時間半ほど歩いて、11時前に種間寺に到着した。


雪蹊寺から種間寺までは、以前歩いたことがある。現在の県道はたいへん狭いので、山の中腹に新たな道路を建設中である。


ここで車道とへんろ道が分かれる。右に進んで、こども園の横を通り、丘をひとつ越える。


高知市内でも、ここあたりは旧春野町。山に囲まれた田園地帯である。

本尾山種間寺(もとおざん・たねまじ)。本尾山は寺の建つ地名からとられたもの。行基が土佐を巡礼中、暴風雨に襲われてこの地に避難したことが由来とされる。種間寺の寺号は、空海が唐から持ち帰った五穀の種子を蒔いたことから名づけられたという。

「霊場記」等にもともと堂宇は本尾山の上にあったと書かれているが、その後数百年の間に荒廃し、土佐藩山内家の時代になって再興されたのが現在の地といわれる。澄禅「四国辺路日記」にも、「再興ありて新しき堂なり 山下に寺あり」と書かれている。

種間寺が見えたあたりから、かつてお寺があった山の上はどの山だろうと見てみるが、本堂のすぐ後ろも山だし、少し前方にある山もある。どの山がそうなのか、一見しただけではよく分からない。いずれにしても、山の高さは禅師峰寺と似たようなものであり、かつて山の上にあったというのはありそうなことである。

庫裏の横を本堂・大師堂に向かう。こちらの本堂は広く、中に入ってお参りすることができる。ご本尊は薬師如来である。

本堂には撫でることのできる大黒天像があって、参拝者の人達がみなさん撫でていた。おそらく、体の悪いところを撫でるとよくなるということであろう。関東ではこうした仏様は「おびんづる様」だが、関西では「えべっさん(恵比須)」ともいうらしいから、恵比須大黒ということで大黒様になったのかもしれない。

続いて本堂の隣にある大師堂で納経。その後は山門すぐ奥にある庫裏でご朱印をいただく。こちらのお寺では善根宿もされているそうであるが、どの建物がそれなのかよく分からなかった。それより気になったのは参道中央に立つ回向柱で、こんな場所に立っているのは初めて見た。ぼんやり歩いていたらぶつかってしまいそうだ。

種間寺の納経を終えると11時過ぎ、本来なら昼ごはんの時刻なのだが、何日か前からお昼時に食べるうどんに味がなかったりするのが気になっていた。でも、アイスクリームを食べると冷たくて気持ちいいし甘くておいしいのである。

だから、前の日も五台山でゆずソフトクリームを食べてお昼の代わりにしてしまったし、それでスタミナ切れを起こすこともなかった。だから、特にお腹が空かなければこの日もアイスを食べて済ませてしまおうと思っていた。

実際、この時にはエネルギーが足りないという感じはしなかったので、門前にある売店に入ってアイスクリームの冷蔵ケースをのぞいてみると、大好きな白熊アイスのアイスバーがあった。これなら、ドライフルーツが入っているので栄養補給にもなる。

その時、売店のおばさんは、「今日は蒸しますねえ」と言っていた。私自身は前日までと違って暑くないし過ごしやすいと思っていたのでそう言うと、いつもの年ならこの時期にこんなに蒸さないということであった。確かに、前日までが暑すぎたのでそう感じるだけで、10月半ばであればもっと涼しいのが普通なんだろうと思った。

[ 行 程 ] 雪蹊寺 9:15 →[6.6km]10:50 種間寺 11:15 →


種間寺が見えてきた。かつて山の上にあったと言われるが、どの山だろうか。


種間寺山門。この手前に、広い駐車場とトイレ、売店がある。


種間寺本堂と参道中央に立つ回向柱。四百年前の住職の遠忌のためと書いてあるようです。

[Jul 19, 2017]