923 定山渓温泉 [Jul 28, 2017]

さて、今回お送りする3つ目の温泉は、前の2つに比べても極端に資料が少ない。もちろん、定山渓温泉そのものはいまでも活況であるのでいくらでも出てくるのだが、私が最初に泊まったユースホステルに関する資料がどこを探しても出てこないのである。

だから記憶を頼りに書くしかないのだけれど、定山渓は札幌市内からバス1時間山の方に入った温泉で、当時もいまも札幌の奥座敷として有名な温泉地である。当時でも札幌市内のホテルに泊まると四、五千円はしたので、千数百円のユースホステルに泊まればバス代を差し引いてもお釣りがきた。

加えて、このユースホステルは、どうやらどこかのホテルの系列だったようで、到着すると夕方のうちに(混まないうちに)ホテルのお風呂に入りに行き、それから夕食が出て、夜は2段ベットに詰め込まれて眠るという1日であった。

それでも、1泊2食千数百円(写真の領収証)と格安で温泉に入れるとあって、大変お得感があったのだろう、2年続けて泊まることになった。そのうち、たいへん印象深かったのは2年目のことである。

前年同様お風呂に入り、夕食が済んだ後で、指定された何グループかが別棟に泊まるように指示されたのである。宿の車に乗せられて、盛り場とは逆方向の山の中に入って行った。5分経ち10分経ち、周りに何も建物がないようなところで下ろされた。そこは平屋建ての、いま考えるとどこかの保養所のような建物だった。

入口から「ロの字型」に廊下があって、われわれ3人のグループは左手の奥の方に案内された。部屋は畳敷きで10畳か12畳はあっただろう。自分達で布団を敷いて泊まるように言われて、宿の人はそのまま車に乗って引き上げて行った。後に残されたのは泊り客ばかりである。

その頃、ユースホステルに泊まる際もっとも嫌だったのは、夕食後に強制的に集められて歌を歌わされたりフォークダンスをしたりすることであった(この何日か前には、それが原因で猪木vsモンスターマンの中継を見られなかった)。それがないのは何よりであるし、部屋のグレードも1泊千何百円にしてはすごくいい。これはラッキーとひとまず喜んだ。

しかし、よくよく宿の中を見回ってみると、お風呂は入れないし、自動販売機すらない。なにせ宿の人がいないのである。こんなことなら、街中にいる間にお菓子とか飲み物を仕入れておくんだったと思ったが、後の祭りである。なにしろ、周りに店も自動販売機も何もないし、車で10分以上来た距離を歩けるはずがない。

結局、男3人でテレビを見ながら夜中まで話すより他にすることはなかった。もっとも、ユースホステルの本館で泊まれば就寝時間(9時頃)に強制的に消灯されてしまい話をすることもできないから、 それに比べれば個室で気兼ねなくできてよかったといえるかもしれない。とはいえ、食べるものも飲むものもなかったのは、画竜点睛を欠くといったところでした。

さて、今回、昔のユースホステルが廃業した時期について調べたのだが、最も多いのは昭和50年代後半である。この頃は、国鉄が順法闘争やらストやら盛んにやっていた時期で、年に一度は電車賃が上がるインフレの時期だった。ということは、ユースホステルの多くが立ちいかなくなったのは、この価格では赤字が増える一方だったということなのだろう。

その後十数年を経て、子供を連れて北海道をドライブした時にも定山渓温泉に泊まっているが、なんということはない、都市近郊の温泉街であった。正体不明の宿に案内されるようなスリリングなことがなくて安心したが、物足りなくも思ったものである。

ちなみに、泉質は食塩泉で、無味無臭かつ無色透明である。登別のように硫黄臭ただよう温泉でもないし、十勝川モール温泉のようにお湯が黒ずんでいる訳でもない。特色といえば、たいていのホテルから望める豊平川の景色で、最初に行ったユース提携のホテルでは、お風呂のすぐ横が切り立った崖地で、ずっと下に豊平川が見えたことを覚えている。


定山渓ユースホステルのスタンプが、51年・52年の2回押されている。最後の領収証がそのまま残っていたので、参考に付けてみました。ここにスタンプされたユースホステルはほとんど(すべて?)現存しないか、経営が変わっています。
[Jul 28, 2017]