361 番外霊場大善寺 [Mar 29, 2017]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

お遍路区切り打ちも、第6次となる。前回は「発心の道場」阿波を抜けて、「修業の道場」土佐に入った。最終日には高知市街を抜けて須崎の手前まで歩いたが、これから次の難関である足摺岬に向かうことになる。

前回同様10泊程度を考えていたところ、職業訓練所に入ることになってしまい半年間はそちらに行かなければならない(私用で休むと失業保険が出ないのだ)。幸い、3月末から4月初めにかけて春休みがあるので、これを使って先に進むことにした。しかしながら、スケジュール的に5泊くらいが限度で、足摺岬から高知に引き返すことになる。

持ち物は前回とそれほど違わないが、今回は札所が少なく歩きが多いので、お遍路バッグを持たずリュック35リットルだけにした。着替え類の数は変わらないが、前回油断した薬品類についてはきっちり用意した。パブロンと胃腸薬は日数分、マルチビタミンとビタミンC、ロキソニンと下痢止めも準備した。外用薬はバンテリンとワセリン、シッカロール。

歩きは実質5日ではあるが、薬局もコンビニもほとんどない地域なので用心するに越したことはない。時節柄、花粉症の薬も必要だ。リュックの重さを出発前に計ったら、水なしで9.8kgあった。ちょっと重いかもしれない。今回は行程的に荷物を預けることが難しく、道中ずっと荷物持ちなのだ。

2017年3月29日の朝、前回同様に始発電車で家を出て、羽田空港に向かう。JAL491便で高知龍馬空港に着いたのは8時50分。東部高速道路の開通により高知駅への時間はかなり短縮され、渋滞もほとんどないので安心である。高知空港に着いたのも定時より早かったので、9時53分発の特急あしずり1号に間に合った。

須崎まで特急に乗り、いったん改札を出て前回の終了地である多ノ郷駅まで各駅で引き返す。多ノ郷に着いたのは10時41分、高知から各駅で行くより30分早かった。

多ノ郷からは須崎の街中を歩く。須崎は大きな街で、国道沿いにコンビニやドラッグストアが結構ある。日焼け止めとシェービングフォーム、カロリーメイトなどをこちらで買う予定にしてあったので、地元ドラッグストアの後ローソンに寄ってようやく全部そろった。天気は下り坂でぽつぽつ雨粒が落ちてくるが、まだ雨具を用意するほどではない。

登り坂を上がって行くと須崎市役所、そこから下り坂でこんどは住宅街に入る。高速道路の下を抜けて、住宅街を抜ける頃には雨は上がっていた。予報では2、3日後が危ないけれども、なんとかもってほしいものである。

この日は別格霊場の大善寺にお参りした後、まず土佐安和へ、そして土佐久礼まで歩いてそこに泊まる予定にしている。前回お参りした青龍寺から岩本寺を経て金剛福寺、さらに延光寺の地域は八十八の中でも最も札所がまばらなところで、この3区間で最短でも190kmを超える距離がある。コースによっては200kmを優に超える難所なのである。

大善寺は八十八札所ではないので道案内がちゃんとあるかどうか心配だったが、お寺の近くになると津波の避難場所になっているので道案内が分かりやすく掲示されていた。このお寺は、須崎港を見下ろす高台にあることで知られている。


特急が停車する須崎駅。ここでいったん改札を出て多ノ郷まで引き返す。JRは急行がなくなったようだとこの時はじめて気がついた。


須崎の街中を歩く。足摺岬まで、1時間歩いても市街地というのは須崎が最後。


大善寺に近づくと、津波避難場所の案内があるので分かりやすい。

別格五番霊場である大善寺は、須崎港を望む高台にある。室戸の津照寺ほどではないが、高い石段を登って本堂のあるエリアまで登って行く。ちょうど本堂の下あたりに会館があって、ご朱印はそちらでいただく。本堂と会館の間は、荷物用エレベーターで結ばれている。

別格霊場は全部で20あり、四番鯖大師に続いてのお参りである。三番までの各霊場は、八十八札所経路からの距離がやや多かったので回避したのだが、距離の短い四番、五番には行った。これから後も八十八札所経路との兼ね合いになるが、十四ヶ橋などの旧跡もあり、できれば訪れたいと思っている。

もともとこの地は海に突き出た岬となっており、すぐ近くまで山が来ていることから海沿いを通る人が多かったが、打ち寄せる波で遭難する人が多かったという。そこで弘法大師が安全に通れるよう祈願して遭難者が減った。そこから「二つ石のお大師さん」として信仰を集めたのがこのお寺の由来だそうである。

息を切らせて石段を登りきると、ちょうどお寺の方がいらして挨拶する。「どちらからいらっしゃいました?」と尋ねられたので、今日からの区切り打ちで、朝の飛行機で羽田から来たことをお話しする。石段を登ってすぐのところに鐘楼があり、そこから海がすぐそばに見える。室戸からこちら津波タワーをいくつも見たが、この大善寺は自然の津波タワーなのであった。

海を隔てて左側に、前回通った住友大阪セメントの工場が見える。この前は区切り打ちの最後の夕方に見たけれども、今回は歩き始めの朝に見ることになった。時代を感じさせる古い施設だが、2回目になると親近感を覚えるのは不思議なものである。

鐘楼からすぐ先に本堂があり、外部とは網戸で仕切られている。「まむしが入るので、必ず戸を閉めてください」と書いてある。なるほど、本堂の裏手は薮だし、すぐそばが海で水気もあるので蝮がいてもおかしくないシチュエーションである。私も嫌なので、きちんと閉めて久しぶりの読経。

こちらはご本尊が弘法大師なので、いつもの札所であれば大師堂と同じ手順になる。「南無大師遍照金剛」を唱えてお参りを終える。今更ながら、遍路の「遍」は遍照金剛の「遍」である。もともと「辺路」と書いていたものが、いつの時代からか「遍路」と書くようになったのは、弘法大師の道という意味がこめられている。しかし、遍路そのものは弘法大師以前からあるのだ。

石段を下り、山門レベルにあるトイレと休憩ベンチで身支度を整えた後、角を曲った会館にご朱印をいただきに行く。会館は(あまり大々的に宣伝していないが)宿坊も兼ねているようで、鉄筋の立派な建物である。ちょうどお昼になったので心配だったが(ある札所でお昼休みをとることになり、それがもとで八十八ヵ所霊場会を抜けたのは、この年の話である)、ちゃんとご朱印をいただくことができた。

大善寺をお参りした後、お昼を食べようと店を探す間もなく、お寺のすぐ近くにファミレス「Joyfull」があった。さっそく入る。というのは、前回やや体調がおかしかった(味覚がなくなった)のは、お昼をうどんやアイスクリームですませていたことが原因と考えたからである。そこで今回は、お昼は可能な限りしっかりとるつもりであった。

昼時で混んでいたけれども、幸いフリーwifiもあったので全然問題なく過ごすことができた。オーダーしたのはハンバーグ+サイコロステーキのランチ。この後、お魚が続くことが予想されたので、最初は肉系と思ったのである。「ごはん、大盛りにできますが・・・」と尋ねられたが、「普通でいいです」と答える。まだ10km以上歩くのに、腹一杯にする訳にもいかない。

山門から見上げる大善寺鐘楼。鐘楼の奥に本堂がある。自然の地形を利用した津波タワーである。

大善寺本堂。右手の手水場のあたりから、グランドレベルの会館(納経所)への荷物用エレベーターが下りている。


振り返ると、海が見える。弘法大師が海難が多いのを憐れに思ってこの寺を開いたという。

お昼を食べた後、12時40分にJoyfullをスタート、土佐安和に向かう。まず、国道まで通りを進み、左に折れて56号線に乗る。

この国道56号線は徳島における55号線同様に高知県内を横断する幹線道路で、高知から中村、宿毛を通り、そこから北上して県境を越え愛媛県松山市まで伸びている。もっとも、須崎から松山までの距離は250km以上あり、残り距離が長すぎて距離表示が参考にならない。そして、56号線は足摺岬を通らないので、金剛福寺への最後の直線は国道321号か県道になる。

国道56号線に乗って歩道を歩く。道沿いには、道の駅やドライブインがあって多くの車が止まっている。あわててファミレスで食べなくても、昼を食べる場所に困ることはなかったようである。

高速の入口を過ぎたあたりから道は徐々に登り坂になり、次にトンネルが出てくる。毎度おなじみ、四国の峠道である。1つ目は角谷トンネル、次が久保宇津トンネル。向こう側が見えるくらいの200~300mのトンネルだが、歩道がないので緊張する。「歩行者に注意」「学童は左側通行」と大きな看板があるところをみると、通学路にもなっているらしい。

3つ目の安和トンネルを越えると、道はようやく下りになって、周囲にはみかん畑がみられるようになる。左手には海。続いて目の前に開けてきたのは、大規模に造成された墓地であった。「安和墓地公園」というらしい。

海に向かってたいへん眺めのいいシチュエーションの墓地であるが、空き区画の方が多い。「ご先祖のため、津波の心配のない安和墓地公園へ」なんてことが書いてある。いずれにしても、安和でいちばん目立つ施設であった。

墓地公園を抜けて、ゆるやかに坂を下って行くとJRの安和駅となる。もちろん無人駅で、特急は止まらない。みかん畑の向こうに短いホームがある姿はたいへんかわいらしい。駅前にあるのが、WEBでよくみる喫茶店「ぽえむ」である。須崎からここまで約1時間。

安和には商店街というものはなく、「ぽえむ」を過ぎ、「民宿安和の里」あたりで民家もまばらになり、道は左右に分かれる。56号線はまっすぐ進み、左に折れると「四国のみち」である。土佐安和から久礼までのルートは、環境省の「四国のみち」では海岸沿いのルートを推奨している。

毎度おなじみの遍路地図には、国道も四国のみちルートも載っていなくて、真念の通った焼坂遍路道に決め打ちである。しかし、この焼坂遍路道、標高差があるうえ道の状態もよくないというWEB情報もあるので、四国のみちを選んだのである。「民宿安和の里」前に道案内があり、土佐久礼までは8.7kmと書いてあった。約2時間といったところか。

四国のみちは比較的平坦で歩きやすいが、車道と歩道の区別がない狭い道にもかかわらず、抜け道に利用されているのか、砂利を満載したトラックが時折飛ばして行く。あるいは重量物を積んでいるとスピードが落ちるほど国道は急坂なのだろうか。

そして道の左側は海に向かって断崖になっており、右側は数十mにわたる絶壁である。金網で補強したり場所によっては覆道があるけれども、それらをかいくぐって落石が道に落ちてきている。それでは自然に還りつつある道かというとそうでもなくて、区間によっては最近舗装を新しくしたところもある。

海岸からすぐ沖に大岩があり、その上は盆栽のように松の木が植わっている。あそこまでは波が届かないのだろうか。四国の海には、八坂八浜のフラクタルあり、室戸の奇岩あり、ここ足摺に向かう海もそれぞれ特徴的だ。そんなことを考えながら歩いているうちに、午後3時を過ぎた。


民宿安和の里の前を左に折れて、四国のみちルートをとる。海岸沿いを歩く比較的平坦な道である。


右手は絶壁が続き、左手は海。時折砂利を満載したトラックが飛ばして行く。


こんな感じで、すぐ沖に盆栽のような島が多くあるのが足摺の海の特徴のようです。

民宿安和の里から久礼八幡宮まで8kmちょっとだから、約2時間の見当である。安和の里を過ぎたのは午後1時半だから、4時前には着くはずである。宿の場所がいまひとつよく分からないので、暗くなる前には久礼の街に入りたい。

四国のみちルートは海岸線をたどるルートで景色はたいへんよろしいが、砂利を満載して飛ばして行くトラックと、右は切り立った崖、左は海までさえぎるもののない崖で、神経を使う道である。それと、せっかくの景色を落ち着いて見るベンチとか休憩所がないのは残念なことであった(ロケーション的に駐車場を作れないということもあるのだろうか)。

安和を出てしばらくは家や建築物も見ることができたのだが、30分も歩くと人の住む気配はなくなる。とはいっても、右の崖には落石防止の金網がずっと張られている。誰も住まない場所にこれだけ手間暇をかけて道路を維持する意味はあるのだろうか、とふと考えた。

ずっと海沿いに進んできて、林の前を内陸に向かって入る。もしかすると岬だろうかと思うけれども、しばらくすると再び海沿いに出た。単に難所を迂回しただけのようだ。またしばらく歩く。引き続き、休む場所もないし自動販売機もない。久礼まであとどくらいあるのだろうか。四国のみちなのに、あまり標識もない。

再び岬のような地形を内陸に入る。そろそろ久礼が見えてくるかと思ったが、まだ海しか見えない。1時間と少し歩いて、岬をやり過ごすとようやく見えてきたのは工場のような建物であった。

近くまで行ってみると、どうやらゴミ処理場のようだった。鉄筋5階建てくらいの建屋が入り江に建てられている。内部は焼却場だろうか、トラックが何台か入って行った。ありがたかったのは、入口横に自動販売機があったことである。ベンチはなかったけれど、ここで冷たい飲み物を補充することができた。

この建物から先には道路に電柱も登場して、ようやく人里が近づいた気がした。やがて、久礼のランドマークである双名島が見えてくる。この島、方向によっては地続きに1つの島があるだけに見えるが、近くまで行くと岬から直線上に2つの島があることが分かる。久礼湾が荒れることを不憫に思った鬼が、串に刺して岩を持ってきたという言い伝えがあるらしい。

いよいよ街が近づくと、例によって津波タワーが目立つ。道路近くまで掘られた船着き場には、漁船が係留されている。久礼といえば有名な男尊女卑マンガ「土佐の一本釣り」の舞台である。連載当時は人気というか話題になった作品だが、いまだに高知では登場人物のイラストを目にする。海沿いの街に関していえば、あんぱんマンより多く見るかもしれない。

といっても、私自身はこの作品をほとんど読んでいない(ゴルゴ13を読むためビッグコミックは買っていたのに)。あまりタッチが好きではなかったのである。ただ1シリーズ、たまたま読んだのは、主人公の乗る漁船が謎の船頭の指揮のもと台風のまっただ中に突っ込んでいくという場面であった。

大雨大風大波に転覆寸前まで行きながら何とかやり過ごし、台風一過の海は、腹を空かせたマグロの群れで入れ食い状態である。他の船は来ていないから、大漁のうえ高値で売れる。漁業というのはそういう世界なのか、とたいへん印象に残った。

この日の泊まりは「ゲストハウス恵」である。素泊まり3000円、定収のない身では、節約しなければならない。まず中土佐町役場を目指す。役場で宿に電話して場所を聞かなければ分からない。役場からは病院の前を通り、民家の間の細い道を歩いて5分かからずに「ゲストハウス恵」である。でも、電話では「役場の前を折れてまっすぐ」しか言わないものだから少し不安になるくらいだった。

近くに食堂は見当たらないので、役場近くにある「スーパーマルナカ」で出来あいの助六寿司と野菜の煮物、ヨーグルト、バナナ、パイナップルなどを買ってきて夕飯にする。アルコール抜きで眠れるかと思ったけれど、朝が4時起きだったたので8時頃からぐっすり眠れたのはありがたいことであった。第6回区切り打ち初日の歩数は32,149歩、歩いた距離は17.4kmであった。

[ 行 程 ]
JR多ノ郷駅 10:45 →
[3.6km]11:50 大善寺 12:40 →
[4.1km]13:35 土佐安和 13:35 →
[8.8km]16:00 土佐久礼(泊)  →


岬をいくつか回ると、土佐久礼。「土佐の一本釣り」の漁師町である。


役場の前の道を折れ、病院の前を進むと「ゲストハウス恵」。素泊まり3000円。この窓の奥の和室に泊まらせていただいた。


ゲストハウス恵からは、久礼天満宮が歩いてすぐ。尻ぬけ石ってなんだと思ってよく読むと「厄ぬけ石」だった。

[Oct 7, 2017]