063 浅間嶺 [Oct 1, 2017]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

さて、この秋2度目の山である。お遍路の13泊14日が控えているので日帰り圏で考えたいところだが、前回の本仁田山で朝の電車乗り継ぎが難航するのには懲りた。前泊することも考えたが、それよりも最短経路で現地入りした方が安いし手間もかからないし、荷物も少なくて済む。天気がよくなりそうな週末だったけれども、休日パスは使わずに北総線と武蔵野線で西に向かう。

すると、南浦和あたりで車内放送が言うことには、今しがた西日暮里で人身事故が起こり山手線・京浜東北線は運転見合わせ中らしい。休日パスで都心に向かっていたら、またもや乗り継ぎがうまくいかないところであった。おカネの多寡よりもストレスの多い少ないの方が大切である。

武蔵野線は特に影響なく西国分寺へ。立川から拝島を通って武蔵五日市に着いたのは2017年10月1日日曜日の午前7時40分。すぐに来た藤倉行き西東京バスに乗り、8時過ぎには登山口である払沢の滝バス停に到着した。

歩き始めたのは8時15分で、前回とはほぼ1時間違う。そのせいか電車疲れもほとんどなく、快調に歩を進めることができた。移動時間が3時間と4時間ではえらい違いだと実感する。天候は晴れ、風もほとんどない。朝、家を出る時には肌寒かったけれど、日が昇って暑いくらいになった。

バス停からは払沢の滝方向の標示に沿って進み、途中で右手に分かれて浅間尾根方向に折れる。車も問題なく通れる舗装道路だが、傾斜がかなりきつい。昨年歩いた陣馬高原下から和田峠とよく似ている。違うのは30分ほど歩いたところに集落があり、洗濯物も干してあって人がいることは間違いないことであった。ずっと鳴らしていたクマ除け鈴を握って、静かに通り過ぎる。

集落を過ぎると、道はさらに傾斜を強める。依然として舗装道路であり、電柱もずっと続いている。しかも3相3線の電線とNTTの電話線のフルセットである。この先に何か大きな施設があるのだろうか。1/25000図を見ると車の通り抜けはできないようなのだが。

40分、50分と林道を登って行く。だんだん、向こうの山並みが見通せる高さまで上がってきた。方向からいって、これから向かう浅間嶺かその前の松生山か、いずれにしても平らな山頂が特徴的な山である。あそこまで行けば、待望のなだらかな尾根歩きが楽しめそうである。

林道を峠まで登ると、右から道が合わさってきた。標識によるとそちらが「関東ふれあいの道」で、林道からふれあいの道への分岐を見逃したようである。合流点の少し先に「峠の茶屋」というお店があり、3相3線の電線と電話線はここまで続いていた。しかし残念ながらこの日は営業しておらず、見たところしばらく開いた形跡はない。

峠の茶屋から少し林道を歩くと、水車のあるそば店がある。ここも「本日休業」の札が下がっていたが、この本日というのはいつからの本日なのだろうと思うくらいひと気がなかった。閉じられた門の奥にはテーブルや椅子が寂しく置かれていて、水車だけが山から引いてきた水で動き続けている。断続的に「ぎいっっ」と音がするのがもの悲しげに響いた。

そば店から先、道はいよいよ谷沿いの登山道になる。かつてこの浅間尾根は江戸・甲州間の物資運搬に使われたといわれるが、確かに足下はずっと石が敷いてあって長年使われた道であることが窺われる。ただ、大きな荷車とかが通れる道幅ではなく、傾斜もけっこう急だ。

この道は払沢の滝上流の谷川を詰めていく道なので、かなり上まで水流があってじめじめしているし、深い谷なのでうす暗い。こういうところはやばいなと思っていたら、道の真ん中を蛇が横切って行く。その先には信じられないくらい太いみみずがいる。一休みしたいくらい急傾斜が続いたのだけれど、とても立ち止まれるような場所ではなかった。

相当長い時間緊張して登ったような気がしたが、帰ってからGPSを調べると30分ほどのようだった。ようやく峠の地形が見えてきて明るくなり、尾根上に出た。正直なところほっとした。ひとまずリュックを下してひと息つく。座るところこそないけれども、蛇やみみずがいないだけでもありがたい。


時坂集落から時坂峠の方向を見上げる。陣馬高原下から和田峠への登りを思い出した。


関東ふれあいの道の標示を見逃したらしく、ずっと林道を登って行く。峠の茶屋までもうすぐ。


峠の茶屋まで電線は通っていますが、残念ながら営業していません。

後から1/25000図を見てみると、尾根に出たのは750mの等高線のあたりのようだ。標高650mくらいまでは川の表示はないものの結構な水流があって、蛇やみみずの出現する危険地帯となっていたのである。こわかったからとはいえ、時坂峠550mくらいから休みなしに200mの標高差を登ったのだから大したものである。

ここからは浅間尾根の尾根道なのだが、実際は中腹のトラバース道である。谷から登ってきて次第に進路を西から南に変えるので、明るくなってきた。そして、さほどの標高差を感じさせない。なだらかな坂を歩いていくと、浅間嶺まで400mの標識が現れた。まだ10時半にもなっていない。

今回は人里峠から人里バス停に下る予定にしていて、このルートの所要時間がガイドブックに書いていない。おそらく1時間ほどだろうから、人里峠を12時ちょうどに通過すれば1時半のバスに十分間に合うと計算していた。しかしその1本前は1時間半前なので、いくらなんでもそれには間に合わない。これは、相当のんびりできそうだ。

浅間嶺の休憩広場に到着したのは10時半。払沢の滝バス停からは休憩時間を含んで2時間15分で到着した。これはガイドブックのコースタイムより早いくらいで、前回本仁田山で大苦戦して途中で撤退したことを考えると大成功である。

休憩広場は百人くらい座ってもまだ余裕があるくらい広くて、東屋とベンチ、トイレもある。その時間にはまだ誰もいなかった。きれいそうなベンチを選んで座り、久しぶりにEPIガスでお湯を沸かす。時間があったらお湯を沸かすのも今回のミッションの一つで、実はこのボンベを使うのも2年振りである。無事お湯も沸いて、インスタントコーヒーを淹れる。

コーヒークリーム入りコッペパンを食べながら、温かいコーヒーをいただく。風もなく、天気もよく、言うことのない山日和である。それにしても、こんなに広い土地が必要なほど、かつては人が来たのだろうかと思った。

お昼を食べ終えて、背後にある浅間嶺頂上に向かう。こちらには先客がいた。私と同年配のご夫婦である。こちらにもテーブルとベンチが備え付けてあるが、広さは下の広場よりかなり小さい。しかし展望はまさに雄大という他にない。

右手に大きくそびえるのは、大岳山である。そこから右に下りてきている尾根が馬頭刈尾根、逆方向の尾根は最後に突起のようなピークがある。鋸山である。ついこの春に大岳山から鋸山まで歩いたが、なるほどなかなか着かなかったのも道理で、相当の距離があるように見える。

鋸山のすぐ左手前に小高いピークがあり、そのピークから尾根続きに大岳山と同じくらいの高さの山につながっている。御前山と湯久保尾根である。御前山の向こう側に奥多摩湖があるはずで、御前山のさらに向こうに薄く見えている山並みが、石尾根のはずである。

そして、御前山の手前の谷間や山腹のあちこちの森の切れ間に、小さな集落がいくつか見える。藤原や倉掛といった集落だろうか。ずいぶん山の中にも人家のようなものが見える。今回は時間に余裕があったので、山頂でずいぶんゆっくりすることができた。


尾根に出てからはなだらかな登りが続く。このくらいの道だとすごく安心する。


浅間嶺頂上から北は展望が開けて見事。左奥が御前山、手前に湯久保山と湯久保尾根、右奥にちらっと鋸山。

浅間嶺下の休憩園地。東屋とトイレもある。奥の斜面を左に登ると浅間嶺頂上。

結局、浅間嶺で小一時間ゆっくりして、先に進む。浅間嶺から関東のみちは上川乗に下りて行くが、今回選んだのは人里峠から人里へのルートである。 人里と書いて「へんぼり」と読む。立地的には人里というよりは山里といった方がしっくりくる山の中の集落である。

浅間嶺から人里峠への尾根道は、まさにこれがなだらかな尾根道という感じであった。急傾斜もなく、右手には御前山に続く雄大な山並みを望み、こういう尾根道ならいつまでも歩いていたいと思うような道だった。途中、ひときわ景色の開けているあたりで、巨大な望遠レンズをセットしてカメラを構えているグループがいた。

聞くとはなしに話を聞いていると、向こうの山からパラグライダーか何かで下りてくるところを撮影したかったようで、「しばらく前に下りました」「全然気が付かなかった。見逃したかな」などと話していた。その少し先が人里峠である。この先尾根道は数馬分岐を経て風張峠というところまで続いているのだが、そちらに進むと1時間半くらい下りる道がなさそうなのだ。

人里峠から下る道はガイドブックにあまり記載がないルートなので心配したのだが、最近下草を刈ったようで歩きやすい。そんなことを思っていると林業標識が出て来て、平成28年度というから昨年度に間伐等の作業をしたようである。どうりで道がよく整備されている。

15分ほど進むと雑草が道をふさいでいる状況となり、さすがにここまでは草刈りできなかったのかな、と思った。さらにスイッチバックで標高をどんどん下げていくと、意外に早く人工物、納屋の屋根のようなものが見えてきた。人里峠からまだ30分も下りていない。ここから集落か、これは早く着きすぎるかなと思って下りて行くと、確かに民家である。

民家なのだが、門注のところに注意書きがしてあって「平成29年8月13日、ポツンと一軒家で放送された一軒家です」とある。ポツンと一軒家は見たことがある。私が見た回は、キャンプ場の近くの山の中にアトリエ兼の別荘を建てている芸術家だったが、Googleマップで一軒家を探して訪ねて行くという番組である。ここも放送されたようである。

様子をみるとこの日は誰もいないようだったが、「ご自由にお休みください」と書いてある。なんと急勾配の林の中を電線がつながっていて、東京電力のメーターはデジタルのスマートメーターになっていたから、つい最近も人がいるということである。よく見るとすぐ下まで車も通れる幅の道がつながってきているが、もちろん舗装はされておらず雑草が伸びている。

庭にはレジャー用のベンチが置かれていて、目の前は笹尾根と説明書きがある。標高は700mほどなので、人里峠844mから150mほどしか下りてきていない。庭の奥には400年前から引いているという水場からの水が盛大に出ている。前回の鳩ノ巣林道に引き続き、ありがたく顔を洗わせていただく。

建物の庭に面した側は長さ10mほどはあり、小屋というよりも立派な家である。築100年ほど建っているということで、かつてはここで一家族が暮らしていたのかもしれない。ただ、おそらくは住民はお年寄りで(ポツンと一軒家の住民はみんなそうだ)、食糧を調達するにも病院へ行くにもこの山中では無理だ。急に駆けつけようにも救急車では無理な道である。

時間もあるので、庭のベンチに座らせていただき、笹尾根を望みながら考えた。奥多摩でいうと、丹波天平の高畑集落もそうだし、石尾根の絹笠集落もそうだけれど、かつて林業が盛んだった時期には山に近いところに住まないと仕事にならなかったはずだ。ところが現在では、こういう場所に住むこと自体が難しくなっている。

百年前のように、薪を焚いて燃料にし、排水は畑で有効利用という訳にもいかない。水は自己責任で湧水を利用するとしても、雑排水はどうするのか。奥多摩のように山の下に水源があるような地域では、合併処理槽という訳にもいないだろう。となると、人々が昔の生活に戻らない限り、こうした一軒家はいつかは使われなくなるのである。

しばらくゆっくりした後、再び山を下る。太い道はかなり迂回しているようだったので、標識にしたがって登山道を下る。それでもかなり標高の高いところから人家があって、急な坂道を人里バス停のある谷沿いまで下りて行ったのでした。

浅間嶺から人里峠は気持ちのいい尾根道。右手の植林は多く伐採されていて、谷を挟んで御前山を望みながら歩く。

標高700mほどにポツンと一軒家。林の中から電線が上がってきている。所さんの番組で紹介されたそうだ。

ポツンと一軒家奥の水場は、400年前から引かれているという。この日は水量豊富で、前回に引き続き顔を洗わせていただく。

この日の経過
払沢の滝入口バス停 8:15
9:05 時坂峠 9:15
9:50 750mの尾根 10:00
10:30 浅間嶺 11:15
11:35 人里峠 11:35
12:05 ポツンと一軒家 12:25
12:50 人里バス停
(GPS測定距離 9.3km)

[Oct 23, 2017]