078 山中TKO負け、ネリのドーピング陽性はうやむやに [Nov 6, 2017]

WBC世界バンタム級タイトルマッチ(2017/8/15、京都)
ルイス・ネリ O TKO4R X 山中慎介

世界的にほとんど無名の挑戦者で、技術的にも負ける相手ではなかったように思われるが、それ以上に山中の衰えの方が大きかった。内山に続いて長きにわたって日本ボクシング界を支えてきたチャンピオンが敗れるのは寂しいが、ともあれお疲れ様でしたの言葉を送りたい。

この一戦は、結果にかかわらず感想をupするつもりはなかったが、WEBをいろいろ見ているとストップが早かったのではないかという意見が多くあるようなので、その点について書いてみたい。

まず、セニョールが「最悪のストップ」と言っているようだが、最悪のストップとは救急車で運ばれるケースであり、ボクシングに関わる者として恥ずかしい発言であろう。村田の時もそうだったが、自分が業界を牛耳っているからといって、自分の言うことがすべて通ると思うのは老害である。まあ、この人には何を言っても始まらない。相手にする方が悪いのである。

そして、問題の4ラウンドまでの展開はどうだったのかというと、私の採点は1Rから3Rまですべてネリである。2Rゴングと同時の左を評価すれば2-1ネリになるが、いずれにしてもネリがリードしていたとみている。その原因は明らかに山中の距離の取り方にあった。

ネリの射程外に立つという当り前のことができておらず、フットワークもほとんど使えなかった。せっかく右ジャブをネリが嫌がっているのだから、ある程度打ったら距離をおいていなすということができれば何の問題もなかった。ところが、左を決めようという意識が強すぎて、いつまでも至近距離にいるものだから反撃のフックを食らうことになる。

山中の武器は長い距離からのストレートであって、何度防衛してもそれ以外の品揃えはできなかった。カウンターもそれほど得意ではない。だから、自分のストレートは当たるけれど相手のフックは当たらない距離に立つことはきわめて重要だし、それより近ければリスクは飛躍的に高まる。

大体、「神の左」などというキャッチが大げさすぎるのであり、サウスポーの主武器が左ストレートなのは当然のことである。チャンピオンとして圧倒的な存在感を示すためには、それ以外の武器、出会い頭の右フックなり位置取りの巧みさなり華麗なフットワークなりを磨く必要があったのだが、山中には残念ながらそれはできなかった。

ストップが早いかどうかの問題だが、あのケースでガードを上げられず、クリンチもできず、ロープ際でふらふらして有効な反撃もできなければ、タオルが入らなくてもレフェリーが止める。効いてないというのならクリンチして逃げろということである。クリンチもできないのなら、止められても文句はいえない。

もう一つ、山中だけでなく何人かの日本人チャンピオンが勘違いしていると思うのは、スリッピングアウェイは防御として評価されなくても仕方がないということである。スリッピングアウェイは相手のパンチのダメージを逃す技術であるが、当たっていることは当っているのである。

即座に反撃に移れればともかく、攻撃を受ける一方の展開で、いまのはスリッピングアウェイしているから効いていないなどと主張しても、本人が思っているようには他人は思ってくれない。本来は足を使って当てさせない、ガードして明らかにディフェンスしていることを示さないと他人には分からない。俺は打たれ強いから効かないと言っているのと同じである。

試合が後半に持ち込まれて、ダメージが蓄積されなかったので動きが落ちないですんだというのならともかく、相手のフックをガードなしで受けているのに、あれはスリッピングアウェイでしたなどと言ったところで始まらないのである。

もちろん、セコンドはあの状態になる以前の3Rをみて、山中の反応がおかしいことは分かっていてストップを要請したはずで、30代半ばの年齢を勘案すれば、ストップが早すぎるとはいえない。ガードなしで相手のパンチをまともにもらって、深刻な後遺症を残すことの方がセコンドにはおそろしいことである。ボクシングは格闘技なのだから。

 

ネリ、A検体でドーピング陽性! [Aug 25, 2017]

とんでもないニュースが飛び込んできた。さきのWBC世界バンタム級タイトルマッチで山中をTKOで破ったネリがドーピング検査で陽性となったとのことである。実は私こと、現役会社員の時代にその方面の経験が若干あるので、WEB上の情報錯綜を少しだけ整理してみたい。

まず指摘しておきたいのは、プロボクシングのドーピング検査はVADA(Voluntary Anti-Doping Agency:自発的アンチ・ドーピング機構)が行っており、オリンピックや数多くのスポーツ(ゴルフやテニス、サッカーなどのプロを含む)を管轄しているWADA(World Anti-Doping Agency:世界アンチ・ドーピング機構)とは別ということである。

WADA自身はプロスポーツも含めてすべてのドーピング検査を統括したいのだが、プロスポーツのうちのいくつか(ポクシングとかNFLが代表的)はWADAの基準で罰則を適用されたら商売にならないので、別の機構を作ってアンチ・ドーピング活動を行っている。ボクシングとMMAにおいては、それがVADAなのである。

日本におけるドーピング検査の統括団体はWADAの下部団体になるJADAであるので、私自身正直なところVADAの規程・運用がどうなっているのかは知らない。それでも、アンチ・ドーピングを謳っている以上は、基本的な流れはWADAもVADAも大きくは変わらないはずである。以下、その前提で話を進めてみる。

まず、今回陽性が出たのはA検体ということである。WEB情報ではさっそくB検体の検査もするということだが、A検体もB検体も同じ試料(尿or血液)を2つに分けたものなので、A検体がクロならB検体もクロである。そして、WADAなら検査するのは日本の会社なので間違いはないのだが、VADAの場合は海外で検査していると思われる。だから100%の信頼性はない。

仮にB検体がシロだとすると前に出た結果は間違いでしたということになり、お咎めなしである。日本ではありえないことだが、海外ではなんともいえない。特にVADAの場合、WADAのように高い基準をクリアした検査機関でないので、きちんとしているかどうかは分からない。実際、A検体クロでB検体シロということがあったようである(三浦に勝ったバルガス?/未確認)。

次に、検出された違反薬物について。出たのは筋肉増強剤で、米国では食牛の飼育に使われているそうである。WEB上では試合中のネリが興奮状態にあったこととドーピングの影響を混乱している例がみられるが、筋肉増強剤と興奮剤は別である。しかし、ペナルティは筋肉増強剤の方がずっと重い。

そして、興奮剤の場合はその作用は比較的短期間にとどまる(そもそも、試合直前でなければペナルティはない)のに対し、筋肉増強剤の場合はかなり長期間に及ぶ。WADAはどのくらいの期間体内にとどまるか明らかにしていないが、少なくとも数ヵ月は体内に残留する。日本に来てから使ってないからといって、隠し通すことはできないのである。

最後にペナルティについてだが、これこそWADAとVADAの最大の違いであってVADAの存在理由でもあるので、私にはよく分からない。WADAであれば、①試合結果の無効、②賞金の没収、③出場停止がセットであって、仮に摂取経路が通常の食物といった情状酌量の余地があったとしても、③はともかく①と②の罰則からは逃れられない。

そして、A検体がクロであって免責されるのは、上にあげたB検体がシロの場合(検査の間違い)か、あるいは治療目的の薬物使用の場合に限られる。治療目的の薬物使用は生命に関わる疾患の場合に特例として認められるもので、例えば喘息の選手や、障害者スポーツでは例がある。しかし、筋肉増強剤に治療目的はありえないし(生命に関わる訳ではない)、別の日の検査でシロだったからというのは理由にならない。

ところがWADA管轄外の世界においては、必ずしもペナルティが課されなかったり、試合結果が無効とはならないケースもあるようである。NFLでも薬物規定違反の事例は散見されるが、それが原因で個人記録が抹消されたというケースは聞いたことがない。そして、チャベスJr.(マリファナ使用)の例をみると、多少の罰金はあってもファイトマネーの没収はない。

つまり、VADAにおいてはWADAのような厳密な運用はされていないのが実情と思われ、プロモーター間の力関係によるところも大きいだろう。世間一般には、オリンピックと同様にドーピング検査クロ=金メダルはく奪なのだが、あまり厳密にやると、例えば入場料返せとか、スポーツブックは無効だとか、裁判沙汰にもなりかねないのである。

したがって、過去の類似のケースで考えるのがほとんど唯一の方法になる。有名なのは先日引退表明したロバート・ゲレロが、IBFフェザー級タイトルをオルランド・サリドに奪われた際、サリドがドーピング検査クロ(ステロイド)でノーコンテストに改められた2006年のケースである。

この場合は、ノーコンテストにはなったもののチャンピオンは空位で、ロバート・ゲレロは決定戦に出て勝ちチャンピオンに返り咲いた。かたやサリドは7ヶ月後には復帰し、その後もファンマ・ロペスに勝ったりロマチェンコに勝ったり活躍していることは周知のとおりである。もしWADAの世界でステロイドでクロだったら、2年は確実に出場停止となるところである。

この例からすると、仮にB検体もクロの場合、ノーコンテストとネリのタイトルはく奪までは堅いとして、山中がどの程度救済されるかは流動的である。正直なところ、連続防衛記録なんてものにあまりこだわってほしくない。ネリはランキング1位だったから、決定戦にするにしても相手が難しいし、セニョールの「WBCでやらないからいいよ」が炸裂する可能性もある。

この際だから、もし引退せずに続けるんだったらビッグマッチがいいと個人的には思う。

 

ネリのドーピング騒ぎと帝拳の将来 [Nov 6, 2017]

ネリのドーピング検査陽性について、ようやく一応の結論が出た。B検体もクロで、ネリのドーピング違反は確定。これを受けてリングマガジンが山中をチャンピオンに復活させたものの、本家本元のWBCはお咎めなし。ネリは先週末、世界チャンピオンとして凱旋試合をこなし、一方の帝拳はネリvs山中再戦に向けて動きだしたようである。

ドーピング検査のあらましやB検体とは何かについては過去記事を見ていただくとして、やはりVADA(自発的アンチ・ドーピング機構)というのは業界ご用達機関であって、建前はいろいろ言っても結局商売=カネ儲けがその上に位置するということである。検査がクロで試合結果はそのままなどということは、WADA(世界アンチ・ドーピング機構)ではありえない。

私が想像するにこの結果はWBCとかスレイマンがやったことではなく、帝拳がゴリ押ししたものである。セニョールが、「ネリは直接山中と再戦させよ」と頑なに主張するものだから、本来あるべきノーコンテスト→王座決定戦の筋書きが使えず、グレーなままネリをチャンピオンにしておく必要があった。WBCとしては、ノーコンテストの方が楽だしスポーツ界に対して説明がつくのである。

繰り返すが、この結論は世界のアンチ・ドーピングの流れからみるとありえないことである。故意か過失かは罰則適用の際に考慮されるとしても、試合結果の無効と名誉・賞金の没収はドーピング罰則の大前提であり、それをしないのであればそもそも検査をしなければいいという話である。アンチ・ドーピングは公平性の確保と選手の健康管理が目的であって、それらは商売に優先するというのが、きれいごとではあるがスポーツ界の共通認識である。

帝拳のやっていることも、せんじ詰めればネリvs山中再戦により商売をしようということであって、山中の過去の実績とか、いかにダメージを残さず引退した後の生活を送らせるかということを考慮したものではない。もちろん、アンチ・ドーピングの理念とか世界的な趨勢なんて考慮の外である。

アンチ・ドーピングの理念からすると、ドーピングをするような選手とは付き合わないというのが当然であって、また日本に呼んで試合させファイトマネーを払うというのは論外である。一度こういうことをすると、日本のボクシングはドーピングに甘いという定評が立つし、ここ一番でドーピングしてでも勝とうという選手への抑止力が全く働かない。

「天網恢恢疎にして漏らさず」という。こういうことをやっていては、絶対に長続きしない。いまや業界を牛耳っている帝拳であるが、登ったものは必ず沈む。セニョールのやっていることは沈むものをもっと早く沈めようというもので、いうなれば自分で自分を引っ張っている、重しを付けて泳ごうとしているのである。

試合後には、「あのストップは何だ。最悪のタイミングだ」とのたまわったというし、セニョールの老害も許容範囲を超えてしまったようである。1947年生まれというから私より10年歳上だから、普通ならそれほど老け込む歳ではないのだが、長年「会長、会長」とおだて上げられて脳の柔軟さが失われてしまったのだろう。お気の毒なことではある。

帝拳というと今の世代は昔からずっと大手の名門ジムのように思うかもしれないが、それは日本テレビと組んだからそういう印象になるので、「野球は巨人、司会は巨泉」と変わらないイメージ操作である。われわれの世代にとって大場政夫が帝拳所属の永遠のヒーローだが、大場はセニョールがジム経営に関わる前のボクサーである。

大場が自動車事故で急逝した後、浜田剛史(WOWOW解説の浜田さんである)が世界チャンピオンになるまで13年、浜田さんが陥落してから西岡がチャンピオンになるまで20年、帝拳には世界チャンピオンがいなかった。だからリナレスとか死んだエドウィン・バレロを日本に連れてきたのだが、プロモーターとしてはともかくジム経営者としてそれでいいのかという印象があった。

そういう過去の歴史を見てきた目からすると、セニョールの老害ぶりは目を覆うばかりである。そもそも、ボクサーの引退云々は本人が自分の体力やモチベーション、引退後の生活設計等々いろいろ考えて決断するものであって、ジムのオーナーが口出しすべきことではない。プロモーターとして誰と戦わせるかマッチメークする権限はあるが、それだってファンの要望・期待が裏付けである。

ジムの経営者の本旨として、本人が故障なくボクサー生活を送ること、引退後も支障なく生活することが最優先であって、カネや名誉は二の次三の次である。名前はあげないが昔も今もボクサー時代の後遺症に苦しんでいる者は多いし、そういうことを少なくしようと前日計量になりストップも早くなったのである。

そうしたボクシング界の趨勢をみて、翻ってセニョールの最近の言動をみると、帝拳の栄華もそう長いことではないように思う。村田がヌダム・ヌジカムに勝ったが本人も分かっているとおり本当のチャンピオンとはいえないし、GGGやカネロと戦うことなどできないだろう。チャーロ兄にだって粉砕されそうだし、エリスランディ・ララとやれば完封される可能性が高い。

それ以上に深刻なのは山中に続く世代が出てこないことで、五十嵐だって山中とそんなに歳は変わらないし、また西岡とか三浦のように他のジムから連れてくるつもりだろうか。まさかTBSの井岡という訳にもいかないだろうし、大橋ジムとかワタナベジムの方が人材が揃っている。

いまや井上尚弥が、ファイティング原田、柴田国明以来の階級最強ボクサーとして世界的に脚光を浴びつつあり、もしかするとパッキャオとはいかないまでもドネアくらいにはなるかもしれない。こういう大切な時期に、親からジムを引き継いだ苦労知らずが、商売がうまいからといってオールマイティのような顔をして威張っていると、ろくなことにはならないと思うのである。

そして、これからボクシングの世界に入ろうという新鋭が、選手個人の意見やトレーナーの意見をないがしろにするジムに果たして入りたいと思うのかどうか。そうでなくても、MMAやキックボクシングの方に関心を持つ若者はたいへん多い。護身術・格闘技としての面白さからいっても、それらの競技の方が魅力的だからだ。

まあ、私自身も残り少ない人生であり、帝拳の凋落はともかくボクシングの凋落までは見ずにすませたいものである。