107 100本中2本の当たり籤 ~せいうち日記107 [Jan 2, 2018]

リタイアして2度目の正月を、健康で無事に迎えることができた。ありがたいことである。

60歳を過ぎると、100本中2本が当たりの籤を引くようなもので、籤に当たると翌年の正月は迎えられない。当たりの確率は100本中2本から3本に年々上がって行って、80歳までの20年間に当たりが出る可能性はほぼ2分の1になる。

100本中2本というとそんなに簡単には当たらないような気がするけれども、カードなら52枚中の1枚である。一時期ポーカーを集中してプレイしていて、52枚中の1枚が実にしばしば出るのを見てきた。大抵の場合、出てほしい時には絶対に出ないし、出てほしくない時には計ったように出て来る。2分の1の確率となると、とても勝てる気がしない。

いずれにしても、そのつもりで心の準備をしておくに越したことはない。世の中に流れている老後の情報をみるとカネの心配ばかりなのだが、それよりも重要かつ差し迫ったことがいろいろあると思っている。

11月19日に受けた危険物取扱者甲種の試験に合格して、職業訓練と資格取得に関わるさまざまの勉強が一段落した。だから時間ができたかというとそんなことはなくて、突然、内田百閒を読み出したり、ジャズを聴き出したりしている。どういう訳か、そうした方向に興味を持ってしまうのだから仕方がない。

こういう時、もっと若い頃から読んでおくんだった、聞いておくんだったと思うとともに、あとどのくらい残り時間があるんだろうかと心配になる。百閒を読むと酒が飲みたくなって、今度は、正月に日本酒は足りるだろうかワインは注文しなくていいだろうかと心配になる。あれこれ考えると心配ごとに切りがない。

その次にありがたいのは、差し迫った請求書も借金もなく年を越せたことである。おカネより大事なことがあるといっても、おカネの工面ができないと文字通り年が越せない。幸い、リタイアとともにローンは整理してしまったし、数々の支払いも、正月用海産物の宅配代金支払いを最後にひととおり終わった。

毎年恒例であった社会福祉協議会への寄付ができないことが気になっていたのだが、年末になってお遍路のお寺さんから施設改修の呼びかけがあり、些少ではあるが協力させていただいた。毎年無事に過ごせたことの感謝をこうした形にすることは大切だと思っているので、これも心がたいへん軽くなった。

もちろん、収入が激減したので口座にも財布にも十分な金額があるとはいえないが、ひとまず昨年一年間の生活に必要だった費用は、収入と貯金の範囲内で収まり、新年からは新たな気持ちでスタートすることができる。

一昨年来懸案となっていた年金手続きについては、年金事務所のスローモーな対応に時間がかかったものの年金受取りまでこぎつけた。あとは、企業年金連合会の手続き、確定申告と国保への切替えが終わると、めでたく年金生活へのシフトが完了する見込みである。

収入減による生活のダウンサイジングについては、思ったほどのストレスがないようなのでほっとしている。海外旅行も行かなくなって久しいけれども、行かなければ行かないで済むし、国内旅行もずいぶん減った。年に1、2回しか乗らないのにJALのグローバルクラブを続けている意味があるのかと思うだけである。

若い時は月に1、2回行っていたゴルフも、やらなければやらないで特に困ることはなかった。その時その時できることをして楽しんでいけば、人生それなりに充実して過ごせるようである。生きがいなどと肩肘張って堅苦しく考える必要はない。図書館で本を借りて読むだけでも十分楽しいし、次々と調べたいことが出て来て時間が足りないくらいである(しかもタダ)。

幸い、毎日をストレスなく送れているので心身のコンディションは非常にいい。よく眠れているしウェイトコントロールも順調で、血圧も落ち着いている。1日が過ぎるのがたいへん早く感じるのはたいへんうれしい。理屈抜きに、あの仕事場にいなくてよかったと思う。生活が多少窮屈になるくらいは辛抱しよう。

そして、何よりもありがたいのは、夫婦仲良く、子供達も揃って健康に新年を迎えられたことである。おそらく、おカネより全然大事なことは家庭が平和であることで、中国の古典にも「住むところがあり、今日食べるものがあり、家族そろって健康なら、それ以上は望むべきでない」というくだりがある。生きている間は、そうあってほしいものだと思う。

[Jan  2, 2018]