381 番外霊場月山神社 [Oct 12, 2017]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

 

さて、迎えて7回目となる四国札所の区切り打ち、今回は土佐清水からのスタートである。1年ぶりにスケジュールの制約がないので、高知空港に入って松山空港から帰るという長丁場のコースとしたのだが、計画段階で、前半と後半のペースがえらく違うことが気になった。

というのは、土佐清水から松山までの区間では、9日間で札所が宿毛にひとつ、愛南にひとつ、宇和島に3つ、久万高原に2つで合計7つしかない。あとは松山市内の3日間で7つあって、ひどく地域的に偏っているのである。だから、前半は歩いてばかりでお参りが少なく、後半は1日にいくつも札所を回ることになる。

もうひとつの課題は、金剛福寺の後は月山・篠山いずれかにお参りするのが不文律ということである。真念「道指南」には、「初遍路は篠山へ駆けると言いつたふ」とあるので本来は篠山観世音寺なのだろうが、残念ながら明治時代に廃寺となってしまった。篠山神社の建物は残っているものの1000mを超える山の上であり、しかも普段は無人という。かれこれ考え合わせると、まず月山神社に行くのがよさそうだ。

あとは宿の選択。今回歩くあたりが四国で最も宿の少ない地域であり、全国チェーンのビジネスホテルはほとんどない。そして、鉄道やバスを利用しようとしても本数が少なく、移動して宿に向かうという作戦も使いづらい。したがって、宿から歩き始めて宿で歩き終わるという、いわばお遍路本来の宿泊スケジュールになってしまうのである。

2017年10月10日、今回は前日午後便で四国入りする。年々早起きするのがきつくなっている上に、当日中に電車・飛行機・バス・電車・バスの7時間乗継ぎをしてから10km以上歩くというのは、リスクが大きいと思ったからである。それで前日は高知市内に泊まることにした。暗くなってから空港バスに乗って高知市内に入るのは、昔、出張で来たとき以来である。

翌朝、ホテルの部屋から駅前を見ると霧でぼんやり霞んでいる。暑くなるかもしれない。午前8時20分発のしまんと1号に乗って中村に向かう。中村までの乗車券・自由席特急券は合計4,140円。前回の須崎までと比べてずいぶん高い。

自由席は中国人旅行客でいっぱいだ。自分の席の他に大荷物でもう1席確保するものだから、余計混むのだ。数十年前、新婚旅行で大荷物を持って西海岸に行ったことを思い出した。以来、海外であっても大荷物で行ったことはない。

土佐久礼からトンネルを越え影野で地上に出ると、国道56号線と並行して走る。半年前に岩本寺まで歩いた道である。しばらく走って土讃線の終着駅窪川に着き、ここで中国人旅行客が大騒ぎしながら下りて静かになった。満員から乗客4、5人へ。これでは中国人観光客がいないとやっていけないというのも無理はない。

窪川を過ぎてすぐ、五色の幔幕で囲まれた岩本寺本堂が見えた。土佐佐賀では大規模公園、土佐入野からは松林を望むことができる。いずれも大雨の中を歩いた場所である。検札の女の子が来たので切符を見せると、そのまま回収されてしまった。

「出る時どうするの?」と聞くと、「フリー改札ですから」ということである。列車の本数も少ないし無人駅も多いから、改札も車内でやってしまうようだ。猫をバスケットに入れて乗ってきたおばさんがいて、にゃあにゃあずっと鳴いている。猫は狭いところが苦手だろうに、気の毒なことである。

終着の中村駅で下りると、10分後に出る土佐清水行きのバスがすでに止まっていた。そしてここにも中国人観光客が2人いる。大声で話しているので、なるべく離れて座る。ミニ大文字を過ぎ、ドライブイン水車からロッジカメリアの前を通り、以布利へと向かっていく。半年前に大岐海岸で見かけた高層リゾートマンションには、「売」の看板が掲げられていた。

11時過ぎに土佐清水市街に入り、海岸沿いの道に入る前のバス停で下車する。前回の終了地点は足摺病院バス停前のスーパー、サニーマートである。ついでなので、ここでヴィダーインゼリーやバナナ、ハンドタオルなどを補充して午前11時半、まずは竜串に向かって出発する。

スーパーを出た途端、真上から照りつけてくる日差しにたじろぐ。竜串まで12km、初日は足慣らしのつもりだったが、厳しい歩きになりそうだ。実際、土佐清水市街から約1km、バス通りを歩いただけですでに汗びっしょりになった。

そういえば、前々回の区切り打ちで、デイパックに入れた日焼け止めの乳液がお湯になってしまうくらい暑かったことを思い出した。体調(味覚)をおかしくした経験からなるべく道中で水分をとらないようにしようと思っていたのだが、そんなことを言っていられないくらいの暑さである。 何事も、頭で考えるようにうまくはいかないものである。

日陰を選んで歩くようにしているものの、どこを歩いても日なたという場所も多い。しばらく歩いて、ようやく日陰になった坂の途中でひと休み、先ほどスーパーで買ったカットパインを食べる。甘くておいしいが、とにかく暑い。30℃以上はありそうである。こういうときに限って、へんろ休憩所がない。今歩いているのは月山に向かうサブルートなので、それほどお遍路さんが歩くこともないのだろうか。


高知ホテルの朝。後方の山並みが霧で霞んでいる。


前回歩いた土佐清水市街からスタート、まずは竜串を目指す。

 

1時間ほど歩くと海側に「海の駅あしずり」が見えてきたが、道路から数百m奥まったところにあるので、立ち寄る気にならなかった。炎天下なので、とにかく余分な距離を歩きたくない。とはいえ、休憩所がない。海の駅に行けば確実に休めたはずなのに、かなりめげる。東屋までは期待しないが、せめてベンチだけでもあったら助かるのだが。

ようやく休める場所を見つけたのは、土佐清水市街から3時間歩いた「道の駅めじかの里」であった。アイスと炭酸水を買い、リュックを下ろしてベンチに座る。初日からこんなハードになるとは思わなかった。前泊したからよかったようなものの、当日3時起きで電車・飛行機・バス・電車・バスと乗りついで歩き始めたとしたら、ダウンしてしまったかもしれない。

土佐清水から竜串までは12km、すでに10km歩いたから、もう竜串まで残り2kmである。そう思ったらなかなか出発しようという気は起きずに、20分ほど休憩してしまう。予定では竜串から何kmか先まで歩いて、バスで戻って宿に入れば翌日以降が楽になると計画していたのだが、とてもじゃないけど余分な距離を歩く気にはなれない。早く宿に着いてゆっくりしたい。

道の駅から竜串まではそれほど苦労せずに着いた。竜串の街は意外に大きく、街の入口からは立派な門構えの農家らしき建物をいくつか見ることができる。しかし進むにつれて通りは寂しくなる。しばらく行ったところにある「龍宮城」という2階建ての建物は、かなり大きな規模で土産物屋か何かやっていたようであるが、いまでは廃墟のようになっている。

竜串には、他にも足摺海洋館や海底館などの体験学習施設があるのだけれど、いずれも駐車場に車の姿がほとんど見られない。いま足摺岬に関心があるとすれば例によって中国人観光客だろうが、彼らが体験学習に興味を持つにはまだまだ時間がかかりそうだし、それまでこれらの施設が生き残ることができるのか心配である。

さて、この日の宿は竜串のホテルオレンジ。竜串ではここが唯一、WEBで予約できた。その体験学習施設・足摺海底館から国道を隔てて反対側に建っている。竜串の中心部からは1kmほど先になるので、翌日のスケジュールを考えれば少しは楽である。

15時30分、ホテル到着。ちょうどフロントにいたご主人が「暑いですねえ」と言いながらロビーのエアコンを入れてくれた。「部屋も冷やしてきますから、しばらくここで涼んでいてください」ということだったので、リュックを下ろしてしばらくロビーで涼む。こういう日は、涼しいだけで大層ありがたい。

お遍路さん・ビジネスプランで1泊2食6,900円。部屋は和室で、バス・トイレ付の部屋であった。今回の区切り打ちではすべての宿を前もって予約していたのだが、大体1泊2食で7000円前後である。ありがたいことである。

部屋に入ってCW-Xを脱ぐと、右足のスネが攣る。ふくらはぎや足の裏が攣るのはしょっちゅうだが、スネが攣るのははじめてである。コムレケアを持ってきているので飲む。それから、土佐清水で買ったバナナを食べて水分とミネラルを補充する。幸い、それほどきついこむら返りではなかったし、翌日以降も足が攣ることはなかった。

何はともあれ洗濯機の場所を聞いて洗濯。予備の荷物を送ってあるベルリーフ大月まで、速乾白衣1枚ですごさなくてはならないのだ。洗濯機は無料で使わせていただけるが、乾燥機はないので外の物干し場に干す。日中あれだけ暑かったのに、さすがに10月だけあって午後5時を過ぎると暗くなってきた。

この宿はひと気がなかったのでまたもや客は私だけかと思っていたのだが、夕食に行くと何人かいたので一人ではなかったようだ。見たところ観光をしている風でもなかったから、宿舎として使っているのかもしれない。

さて、この宿で驚いたのは値段の割に夕食が豪華だったことである。最初はご飯茶碗とお刺身、鍋が置いてあったのでそれで終わりと思っていたら、後から焼き魚が出て、天ぷらが出て、煮物が出て、さらにカツオのたたきが出た。うれしくなって、瓶ビールに加えて司牡丹を一杯お願いしてしまった。

この日歩いたのは23,090歩、GPSで測定した移動距離は12.1kmであった。ただし、感覚からすると20kmは歩いたような疲労度であった。


海の駅あしずりを過ぎて、土佐清水方向を振り返る。とにかく暑い。


竜串で見かけた「龍宮城」。どうやら廃墟のようです。


やっとの思いで到着したホテルオレンジ。夕食がたいへん豪華でした。

 

2017年10月11日、いよいよ本格的な区切り打ちの開始である。この日は、海岸線に沿って国道321号を大浦分岐まで進み、そこから分かれて山道を月山神社に向かう。朝方は涼しいような気がしたけれども、日が昇るとすぐに暑くなってきた。

出掛けに宿のご主人から、「お接待です」とおにぎりの包みをいただく。ありがたいことである。月山に向かうサブルートは最短距離ではないのでそれほど多くのお遍路が歩く訳ではなく、実際へんろ姿の人をそれほど見ないのだが、おそらくかつては多くのお遍路さん達が歩いた道なのだろう。

午前7時半出発、向かいの足摺海底館前の自販機で500mlのペットボトルを購入して歩き始める。1kmも行かないうちに爪白キャンプ場。ここは結構大きなキャンプ施設で、東屋ではいくつかのグループが朝食中であった。もちろんトイレ・自販機もある。

竜串海岸は奇岩が多いことで知られていて、国道沿いからも特徴ある岩浜を望むことができる。案内板によると、化石が露出した海岸が波の浸食作用で削られて、他では見ないような奇観を呈しているそうである。弘法大師も残念ながら見ることができなかったので、「見残し海岸」とも呼ぶ。

しばらく竜串海岸沿いの道を進んだ後は、トンネルが連続する。下川口トンネル179m、片粕トンネル982m、歯朶(シダ)ノ浦トンネル649m、貝の川トンネル956m、叶崎トンネル154m。長いトンネルはいずれも1980年代のもので、できる前には海岸沿いの細い道を使ったものだろうか。現在ではそちらの道は雑草に覆われてしまっている。

2時間ほどアップダウンの多い道を歩いた後、叶崎トンネルを出たところにあるベンチで小休止。しかしもう少し進むと、景色のいい海沿いに東屋付の叶崎黒潮展望台があった。そのすぐ先から西叶崎トンネル90m、続いて脇ノ川トンネル708m。トンネルの中だというのに、選挙カーが候補者の名前を連呼しながら通り過ぎて行く。たいへんうるさい。

脇ノ川トンネルを越えたところが小才角の集落で、ここに四国のみち休憩所があることが分かっていた。10時15分着、出発してから2時間半。この先どこで休めるか分からないので、早いけれども宿でいただいたおにぎりと自販機で購入したお茶で昼食にする。この日もたいへん強い日差しなので、いただきものは早く食べてしまった方がいい。

この休憩所は東屋とトイレがあり、水も使うことができた。そして目の前には太平洋が広がる。この先には、赤道(せきどう)に至るまで海の他には何もないのである。その海を眺めながら、お接待のおにぎりをいただく。中味は梅干しであった。

小才角を抜けて大浦まで、何もない海岸線は結構長い。お昼に近づいたので日差しはますます強い。向こうに山が見えてきた。月山神社はあの稜線を越えた向こう側にある。標高100m前後で大した登りではないと予想していたのだが、見た目には結構高い。大浦集落に入る前あたりで、遍路シールの指示に従って堤防沿いの道に入る。

この時点でペットボトルの水は300mlくらいしか残っていなかったので、どこかで水を調達しなければならなかった。しかし集落の中は商店どころか自販機の気配もない。たいへん冷や冷やしたけれども、おそらく集落に1つだけの自販機を見つけてほっとする。コーラ350mlをその場で飲み、アクエリアス500mlを補充する。

大浦集落の中心は国道沿いではなく奥に入った港の近くのようで、港の近くに「へんろ小屋大月第14号」の東屋があった。ただしここにはトイレ・水・自販機いずれもないので、先ほどの小才角の方がお昼を食べるにはよかったようだ。へんろ小屋の近くに「庄屋跡」と書いてあったので、あるいは月山詣でのお遍路に善根宿でもしていたのだろうか。

11時15分出発。へんろ小屋のすぐ裏手から山の斜面に沿って墓地が続いている。もしかしたらあそこを登るのだろうかと思っていたら、果たしてそのとおりだった。


竜串から叶崎にかけて海岸沿いの国道を歩く。左の海岸線はどこも見応えがある。


小才角にある四国のみち休憩所。ここより先、東屋・トイレ・水の揃った施設はない。


大浦分岐が見えてきた。海沿いに見える集落から、背後の稜線を越えた向こう側に月山神社がある。

 

古来、金剛福寺を打ち終えた巡礼者は、真念庵まで戻って延光寺から篠山に向かうか、あるいは月山を打ってから延光寺に向かうのを不文律としたという。

初遍路は篠山に駆けると真念「道指南」にあるのだけれど、神仏分離の影響で篠山観世音寺は明治初期に廃寺となり、篠山神社は残っているものの山頂に無人のお堂が残るのみである。あれこれ考え合わせて、今回は海岸沿いを月山に向かうルートを選択したのであった。

大浦の遍路休憩所の東屋でひと休みした後、海沿いの舗装道路から急こう配の墓地の通路に入る。遍路シールがあるのでへんろ道には間違いないが、あたりは一般のお宅のお墓であり、その横を登って行くのは少々肩身が狭い。何度もスイッチバックを繰り返して、標高差30~40mほど登る。いましがた通り過ぎてきた大浦の家々が眼下にある。

墓地のいちばん上で、へんろ道の案内は細い山道に向かっていた。ここまでは簡易舗装があったけれど、ここから先は舗装はなく足下は土である。雑草が生い茂り、あちこちに蜘蛛の巣が張っている。ただ、ここまで登ってきたら戻る訳にはいかない。伸縮ストックを伸ばし、蜘蛛の巣を振り払いながら先に進む。

初めはたいへん心細い暗い道だったが、目が慣れると道幅もあってそれなりに歩かれている道であった。「遍路道」のカードや「お遍路さんがんばってください」という大月小学校の生徒さんが作ったカードが、太い枝から下がっている。ただ、たいへんにきつい登り坂である。月山へは標高差100mくらいなので大したことはないと思っていたのが、大きな間違いであった。

山道はいったん未舗装の林道に出た後、再び山道に入る。距離的には2kmもないはずなのに、山の奥深く入ってしまって出られる気配がない。大浦集落から45分歩いて、「へんろみち」の真新しい石柱の立つ峠までたどり着いた。リュックを下ろしてひと息つく。さすがに10kg以上の荷物を持って一気に峠を越えるのは無理であった。

考えてみれば、今回の区切り打ちでは先ほどの墓地に入るまでずっと国道歩きで、多少のアップダウンはあったものの登山道レベルのへんろ道を歩くのは初めてであった。それと前日に引き続きの暑さで、ペットボトルの水がどんどん減っていく。

「へんろみち」石柱を過ぎてから道は下り坂となり、やがて谷川に出た。それほどの水量はないので、石を伝って渡渉する。ほどなく舗装道路に出た。急な登り坂だが、ここを登れば月山神社のはずである。13時20分、ようやく四国のみちの案内板が見えてきた。

神社とお堂の隣に大きな一軒家が建っていて、神主さんのご自宅のようである。車を使えば集落から10分くらいで来るのだろうが、ぽつんと離れた一軒家でお隣さんはいない。大浦集落まで出たところで商店がある訳ではなく、不便で心細いことに変わりはない。


大浦集落のへんろ休憩所(トイレなし)。後方に見える墓地のスイッチバックを登って行く。


へんろ道は時々こうした明るいところもあるが、多くは林の中で暗くクモの巣だらけである。


2km足らずの山道を1時間以上かけて歩く。谷川を渡渉するとほどなく舗装された林道に出る。

 

四国のみち案内板によると、月山神社は古くは守月山月光院南照寺という神仏習合の霊場であった。真念「道指南」では月山・月さん・お月などと書かれているし、そもそも月をお祀りしていること自体仏教というより神道・アニミズムの色彩が強いから、お寺が併設されていたとしても神社が主でお寺は従であっただろう。

赤く塗られた鳥居の奥に本殿がある。左手が社務所でお札やお守りの見本が置かれていて、右手に屋根の付いた休憩所がある。ひとまず、休憩所のベンチにリュックを下ろす。幸い、誰も先客はいない。しばらく誰も来なかったのだろうか、蜘蛛の巣が張っていた。

社務所に行き、ご朱印について書いていないか探してみたのだけれど、見当たらない。お札やお守りはあるのでお正月には誰かいるだろうが、人が来るかどうか分からない平日のこの時間に誰もいないのは無理もない。現に、私以外に誰も来ていないのだ。隣のご自宅に行ってまでお聞きするのは気が進まなかったので、おとなしく本殿にお参りするにとどめた。

本殿の並びに大師堂のような建物があり、本殿とそのお堂の間を抜けると崖の上にご神体とされる三日月の石がある。たいへん足場が狭く傾斜も急で、ケガでもしたら大変なので少し登ったところからお参りする。それでも下りる時は結構危なかった。まだ先は長い。来たばかりで足でも挫いたら大変なことである。

さて、月山神社から遍路道は赤泊の浜に続くのだが、ここがまた通行至難なルートのようである。月山までのへんろ道で懲りてしまったので、山道はもう遠慮したい気分になっていた。まだ午後1時にならないので、車道を通り赤泊、西泊を経てこの日の宿であるベルリーフ大月まで歩くことにした。直線距離で4~5kmなので、多く見積もっても3時間歩けば着くはずである。

大月神社から先、道はさらに登り坂である。右手に神主一族らしきお墓が見える。両側が林なのに、真上の太陽からきつい日差しが遠慮なしに照りつける。再び汗が噴き出し、水分を補給する。大浦で補給して1本半あったペットボトルは、わずか1時間で200mlほどしか残っていない。

15分ほど歩いて、分岐点に出た。突き当たりに選挙ポスターの掲示版がある。右に進むと姫ノ井に直行し、左に進むと赤泊である。左に進む。すぐにへんろ道に入る分岐になるが、そちらには行かない。登ったり下ったりして蜘蛛の巣がある道よりも、右足と左足を交互に出していれば前に進む道の方がいい。

ところが、舗装道路の方もなかなか厳しい道であった。1/25000図では等高線に沿って谷を回り込むだけのように見えたのだが、実際にはアップダウンがあって、山の奥に入るような道である。すぐ近くが海のはずなのに、とてもそうは見えない。向こうから自転車を押して遍路姿の男性がやって来た。この日はじめて会うお遍路さんである。挨拶して通り過ぎる。

谷の奥で左に大きく方向転換する。谷は深く切れ落ちていて、反対側の斜面はたいへん急である。へんろ道を選んだらあの斜面を下ることになったのだろうか。考えるだけで恐ろしいことである。

再び方向転換して、ようやく左手に海が見えてきた。赤泊の浜である。石ころだらけの海岸線である。WEBでみると遍路道は山道からこの海岸線に出て、少し歩いていま歩いている車道に合流するはずである。山道を歩くより車道の方が楽だし早いと思っていたが、合流地点に達したときには14時を過ぎていた。月山神社から1時間以上かかったことになる。

もしかしたら赤泊の浜には休憩所と自販機くらいあるかもしれないと期待していたのだが、コンクリートの護岸に西日が照りつけているだけで、ひと気もなければ休める場所もなかった。道なりに、海岸から離れて山の方向に進む。海岸近くで重機を使って、ひとりで何かの工事をしていた人と挨拶する。

とにかくきつい日差しが照りつけてきて、座る場所どころか日陰もない。地すべり防止のコンクリ壁に寄りかかって水分を補給する。もう水がほとんどない。この先にある赤泊の集落に自販機があるといいのだが。

10~15分歩くと、人家が見えてきた。自販機を探すけれども、そんな気配もない。何軒かの家を通り過ぎてたのだけれど見当たらず、とうとう集会所の前まで来た。後ろの山に神社があり、選挙ポスターの掲示版もあるからこのあたりが中心なのだが、自販機はない。

とりあえず日陰になっているベンチに座らせてもらう。時刻は14時20分、時間もかかったがそれ以上に水がないことが問題である。


月山神社。正面が本殿、右にちらっと見えるのは休憩所。


本殿奥の崖を登ると、ご神体である月形の石が祀られている。


赤泊の浜からのへんろ道と合流する。

ベンチの脇に蛇口がある。捻ってみると水が出た。しばらく流してから、顔を洗わせていただく。けれども、へんろ道の多くは水が使えないようになっているので、この水が飲める水かどうか定かではない。場所柄からすると井戸水の可能性が高く、散水用に使っているのかもしれない。それでも、もしもの時のために空になったペットボトルに入れさせてもらう。

向かい側は三叉路になっていて、いくつかの道案内がある。「大月へんろ道」の石の柱があり、「四国のみち」の表示があり、手作りの看板もある。距離表示があるのは「四国のみち」で、小才角9.8km、西泊1.8kmと書いてあるが、もうひとつの行先である姫ノ井への距離は書いていない。手作り看板と「大月へんろ道」の矢印は姫ノ井方向を指示している。

さて、当初の計画では、月山神社から赤泊の浜、西泊を経由してベルリーフ大月まで歩く予定であった。しかし問題は、水がないということである。先ほど補充させていただいたが、飲める水どうか分からないのでこれに頼るのは最後の手段である。1.8km先の西泊という集落に自販機があればいいが、その保証はない。西泊まで30分、そこからベルリーフまで1時間として1時間半を水なしで歩くのは、この厳しい西日の下では無理だ。

一方、へんろ道の矢印どおり行けば、郵便局がある姫ノ井には自販機がありそうだ。問題は姫ノ井までの距離だが、地図をみる限り直接ベルリーフに行くよりも確実に短い。しばらく考えて、予定を変更して姫ノ井に向かうことにした。何しろこの時は夏並みの暑い中をどうやって歩くかが問題で、できるだけ早く確実に水分を補給できるルートを選ぶことが重要だったのである。

再び歩き始める。休ませていただいた神社・集会所前のベンチから姫ノ井方向へは、まだ人家が続いている。自家用の野菜を栽培している畑があり、「善根宿の跡」と書いてある説明書きがある。確かに、江戸時代には山の中のへんろ道しかないので、月山神社にお参りすればこのあたりで日が暮れる。善根宿があれば助かっただろう。

人家がなくなり、曲がりくねった登り坂となる。やっぱり峠越えであった。西泊を選ぶべきだったかと思ったけれど、ここまで進んで戻るのは時間のムダである。必死に坂を登る。20分ほど登った頃、これまで田舎道だったのが片側一車線のちゃんとした車道に突き当たった。左に曲がってさらに坂を登ると、行く手に赤い機械が見えた。なんと、待望の自販機である。

自販機は採石場の事務所のようなプレハブの前に置かれていて、遠くから見ると茶色にすすけていて動いているかどうか不安だったのだが、ちゃんと「販売中」のランプが付いているコカコーラの自販機だった。自販機に手を合わせるくらいありがたかった。とりあえずいろはす500mlを買い、さらにコカコーラ350ml缶のボタンを押す。350mlは、もちろん一気飲みである。

水分を補給できて安心したせいか、自販機の地点からすぐに人家に出た。道はまっすぐ下り坂になっていて、遠くの道路を左右にトラックが通っているのが見える。あれが国道だとすると、それほど歩かなくてもあそこまで行ける。国道まで行けばあとは安全確実である。

国道に合流するT字路には15時15分に着いた。赤泊から45分、3kmほどだから予想していたよりもかなり短くて済んだ。道路沿いに東屋が見えるのでそこまで行ってみると、バスの待合所だった。時刻表を見ると、まだ20分くらい前だったので、ちょっと休ませていただく。それと、宿に送迎の相談をしなくてはならない。

前に述べたようにもともとベルリーフまで歩く予定だったので、送迎の相談はしていなかった。電話して聞いてみると、「姫ノ井なら迎えに行きますよ」ということだったのだが、予想外に早く国道に出ることができたので、道の駅大月まで歩いてそこに迎えに来てもらうことにした。道の駅まで目の子で約4km、1時間かかったとしても4時半には着くだろう。

道の駅に向かって歩き始めて間もなく、後方から来たバスに追い抜かれた。あいかわらず厳しい西日が遠慮なく照りつけてきたが、国道沿いには10分置きくらいに自販機があって、冷たい飲み物を補充しながら歩いたので快適だった。道は左右に大きくカーブしたが、歩いているのは国道なので道を間違える心配はない。1時間と少しかかったが、道の駅大月に着いた。


赤泊神社前の交差点では道標がいろんな方向を示しているが、姫ノ井までの距離が書いてないのが迷わせるところ。


歩いてみると3kmほどで姫ノ井に着いた。ここには自販機もあるしバスも通っているので、ここまで来れば安全圏。

 

道の駅大月に着いて驚いたのは、選挙の候補者が来ていて駐車場もバス停前も人でいっぱいだったことである。宿には連絡を入れたものの、これでは演説会が終わるまで身動きがとれないだろう。

売店へ行って、ソフトクリームをお願いする。地元特産のいちごジャムの乗った、本格的なソフトクリームである。こんなに遠くに来て、これほど本格的なソフトクリームを食べられるとは思わなかった。リュックを下ろして売店前のベンチに座ると、聞きたくなくても選挙演説が耳に入ってくる。

「以前、民主党政権になった時、彼らが何をしましたか。ムダだと言って、公共事業を全部ストップしたじゃないですか」

「私は、南海トラフ大地震が来る前に、その対策をきちんと取らなければならないと思って公共事業を推進しているんです」

「この大月町は水不足です。水がめとなるダムがないと大変なんです」

などなど、見事な利益誘導である。でも、本音ベースでは、政策論争とかそういうことではなくて、日本の選挙はこういうものなのだろうなと思った。

ベルリーフの人と落ち合えたのは、選挙演説の人が引けてからだった。車に乗せてもらい、国道から右方向に折れて海に向かう。落ち合うまでに選挙演説を待たなければならなかったため、宿に着いたのは5時半過ぎになった。竜串海岸や月山神社のひと気のなさをみているものだから、この宿もあまり人はいないのだろうと思っていたら、意外にもお客さんが多かった。

このホテルはロビー、レストラン、大浴場などが本館にあって、客室はいったん外に出て別棟になる。部屋のドアは屋外から入ることになるので、虫が入らないように注意しなければならない。もう夕方で日が陰ってきたので、さっそく洗濯である。ランドリーも屋外にあるので、虫が集まってくるのが悩ましいところである。前日と違って乾燥機はあった。
 
客室にはすべてテラスが付いていて、テーブルと椅子が置かれている。テラスからは、山から切れ落ちている海岸線が一望できる。そして、この宿へ家から予備の荷物を送ってあったので、その荷物を整理する。予備の速乾白衣や薬をリュックに移し、四国まで着ていた服やノイズキャンセルヘッドホンを片付ける。この荷物はすぐに荷造りして、4泊後の宇和パークホテルに送る。

客室はすごく広くて2ベッド、バストイレと机も付いている。でも大浴場があればそちらに入りたいのは人情である。昨日・一昨日と部屋の風呂だったので、大きな湯船で手足を伸ばし手足をマッサージする。今日は本当によく歩いた。

風呂の後は、洗濯物を乾燥機に移して夕飯の時間である。こちらの宿代は夕食ロースステーキセットにして1泊2食で8,100円(税込)。部屋の広さから考えるとかなりお得感のある値段である。ビールと土佐鶴のゆず酒をお願いする。いろいろあった1日だけれど、終わりよければすべてよしである。(翌日の話になるが、ベルリーフまで歩かずに道の駅大月で終わらせたのはよかったのだ)

この日歩いた歩数は46,633歩、GPSで測定した移動距離は27.1kmであった。

[ 行 程 ]
土佐清水 11:50 →
[9.3km]14:25 道の駅めじかの里 14:45 →
[2.8km]8:55 竜串(泊) 7:30 →
[10.5km]10:15 小才角休憩所 10:35 →
[2.0km]11:05 大浦休憩小屋 11:15 → 
[2.3km]12:20 月山神社 12:50 →
[4.6km]14:20 赤泊 14:30 →
[2.9km]15:15 姫ノ井 15:25 →
[4.7km]16:40 道の駅大月~ベルリーフ大月(泊)→ 

[Mar 7, 2018]

 


この日の宿、ベルリーフ大月。国道から少し海側に入るが、結構お客さんが入っていた。


部屋は2ベッドルームで豪華。それぞれにテラスが付いている。


テラスから望む雄大な風景。四国の先までやって来たという印象でした。