390 三十九番延光寺 [Oct 13, 2017]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

2017年10月13日の夜が明けた。夜のうちに降っていた雨は止んで、ベランダから見える入り江の岩壁には白い波がおだやかに打ち寄せている。前日は暑くてたいへん苦しかったが、この日も暑くなりそうな気配である。

2017年10月13日の夜が明けた。夜のうち降っていた雨は止んで、ベランダから見える入り江の岩壁には白い波がおだやかに打ち寄せている。前日は暑くてたいへん苦しかったが、この日も暑くなりそうな気配である。

当初の計画ではベルリーフ大月まで歩いてここからスタートすることにしていたが、途中で水が確保できないという予想外の成行きにより、道の駅大月まで歩いてしまった。道の駅まで送迎をお願いしたので、急いでも仕方がない。ゆっくり眠ってテレビ体操をして、ホテルの周りの写真をとって7時少し前にレストラン前に行くと、食事を待つ人達でいっぱいだった。

このホテルの朝食は和食と洋食を選べるので、洋食にした。この後も和食が続くと思われるので、たまにはいつもどおり朝はパンにしたい。ワンプレートにクロワッサンなどの自家製パンとベーコン、ウィンナ、サラダ、フルーツ、プレートの外にコーンスープも付く。1日歩くことを考えるとボリュームが不足しているので、お昼で補充する必要があるだろう。

送迎は8時半、車に乗ったのは私ひとりであった。来る時は時間がかかったような気がしたが、戻る時は10分足らずで道の駅大月まで着くことができた。車を下り、身支度して出発する。前日には気付かなかったが、道の駅大月には食堂・売店の向こう側(宿毛寄り)に広い公園があった。選挙演説など聞いていないで、こちらでゆっくりすればよかった。

道の駅から宿毛市街まで約15kmある。とすると4時間弱かかるので、お昼はその前に取れたらその方がいい。ちょうど市街に入る少し前に道の駅宿毛があるので、午前中はそこを目標にすることにした。歩き始めると、前の日までのように朝からぎんぎん太陽が照りつけるということはないので少し安心する。

前日の夜に雨が降ったように、天気の変わり目にきているようだ。しばらく歩くと、建物が集まった場所を通る。このあたりが大月町の中心部らしい。役場や学校、郵便局、それに遍路宿の看板もある。時間的には、このあたりまで歩いて泊まるのもいいが、ベルリーフ大月ほど整った施設はないようである。

大月町の中心部を過ぎると、やや登り坂が多くなる。道の駅から1時間歩いたあたりに公園があったので、ここで小休止する。大月町の観光案内看板があったので、ここまでは大月町で、その少し先が宿毛市との境界であった。

宿毛市に入ると、とたんに暑くなった。海が近くなったせいなのか、あるいは前日までと同様に暑くなるのか。喉が渇くし疲れるので休みたいのだけれど、休憩所が見当たらない。

小筑紫町という港町がしばらく続く。港町特有の海岸付近と少し高台の間を登ったり下ったりする起伏がある。漁港近くの空き地で立ったまま少し休む。こういう天気ではベンチよりも日陰が有難いのだが、こういう時に限って東屋もない。まあ、八十八ヶ所のメインルートではないので仕方ないのかもしれない。

道の駅宿毛には11時半前に着いた。道の駅大月から3時間、小休止した大月・宿毛市境の公園からは2時間、予想していたよりもこじんまりした道の駅であった。木造平屋建ての売店が5つほど並び、右端と左端が食堂のようである。はじめに一番海側の店に行くと弁当を買って席で食べる形式ということだったので、陸側の店に行く。

テーブルが鉄板焼き仕様なのでちょっと心配したが、うどんをお願いすると普通においしかった。お品書きにソフトクリームがあるのでお願いすると、観光地によくあるシャーベットのような代物ではなく、本式のソフトクリームだった。うどんと合わせて650円と値段も良心的である。これで前日の道の駅大月に続いて、2日連続でソフトクリームを食べることができた。


宿毛市に入ると、海が近いはずなのに山の中を歩いているような道である。


お遍路のメインルートではないためか、東屋とかベンチの類が見当たらない。仕方なく漁港前で立ったまま休憩。日陰が何よりありがたい暑い日でした。

お昼前、大月から約15km歩いて道の駅宿毛に到着。大好きなソフトクリームを食べられたのはうれしかった。

 

正午のチャイムが鳴る頃、道の駅宿毛を出発する。道の駅から宿毛市街の中心部まで、地図でみると2kmほどしかないので大したことはないと思っていたら、そんなことはなかった。宿毛の街を遠くから見たら土佐清水にそっくりなので、こういう場所は見た目以上に距離があるんだよなあと思ったらその通りだった。

街中に入っても、目指す秋沢ホテルまでなかなか着かない。そして、大通り沿いを通ったにもかかわらず、歩道の真ん中にクモの巣が張っているのである。クモの巣は月山神社の前後でさんざん見たし、ストックにクモの糸の層ができるくらい絡みついたのだが、宿毛でも同じようなことになった。大きく育ったクモを見ながら、東南アジアではクモも食べるんだよなあと思った。

ここまで歩いて来た国道321号線と、宿毛から宇和島、松山に向かう国道56号線が交差するあたりに、目指す秋沢ホテルがあるはずであった。高層ビルのホテルを予想していたのに、そんなものはない。よく見ると田舎の学校の体育館のような建物に、「秋沢ホテル」と薄く書いてあり、背後にはあまり新しくない5階建てくらいの建物がある。

最初見た時は、つぶれたボーリング場かと思ったくらいである。12時40分着。道の駅宿毛から50分近くかかった。エントランスを入ってさらにびっくりした。いくつかあるテーブルの上には、どれにも吸い殻が満載された灰皿が乗っている。まるで、「このホテルは健康増進法適用外です」と主張しているかのようだ。

そしてフロントに行くとこちらが話すよりも先に、「チェックインは3時からです」と言われる。そんなことは分かっているし、遍路姿でリュックを持っていれば分かりそうなものだと思いながら「荷物を預けることはできますか」と尋ねる。普通のホテルなら、チェックイン前でも荷物は預かってくれる。ちょっと心配だったが、ちゃんと預かってくれた。

大きなリュックを預けて、デイパックひとつになる。少し休んで、午後1時前に出発。遍路地図によれば、ホテル近くの交差点から延光寺までの距離は6.8kmと書いてあるので、それなら2時間かからないで着く。うまくいけば、5時前には戻って来れるだろうと思っていたのだが、例によってそんなに甘くはなかった。

往路は国道56号線に沿って進む。車がたいへん多く、片側1車線しかないので車が歩道のすぐ近くを通りうるさい。そして、今しがた寄ってきた秋沢ホテルの第一印象が相当悪かったので、かなり落ち込んでいた(ホテルの名誉のため前もって言うと、その印象は翌朝までにかなり改善された)。

国道と並行して、土佐くろしお鉄道が走っていて、しばらく進むと高架の上に東宿毛の駅が見えてきた。なんだか古めかしく、古い鉄工所のような外観である。同じくろしお鉄道なのに中村あたりとは全然違うし、ごめん・なはり線より古いなあと思いながら歩いた。

新宿毛大橋を過ぎると、大きな消防署と、その隣に場外馬券売場のパルス宿毛がある。もともと高知競馬の場外売場で、高知競馬と全国発売の地方競馬しか売っていなかったと思うが、最近ではJRA(中央競馬)のレースも売っているようだ。この日は平日なので開催がなかったのか、駐車している車は全くみられなかった。パルス宿毛の少し先で旧道と合流する。

このあたりから、どうにも足が上がらなくなった。背中にはデイパックだけなので馬でいうところの「裸同然」の状態であり、本当なら㌔13分くらいのペースで歩けないといけないのだが、時計を確認しなくてもそんなペースでは歩けていないことが分かる。とうとう、バス停横のブロックに座ってひと休みするほど疲れてしまった。

その時は、前日の月山詣での疲れが残っているのか、それとも車のすぐ近くを歩くのがいけないのかと思って旧道に退避したのだが、帰りの時にその理由が分かった。見ただけではよく分からないが、宿毛から延光寺まで、傾斜は緩いけれどもずっと登り坂なのだ(その分、帰りは下り坂で快適だった)。

2時間かからないどころではなく、2時間以上かけてようやく国道から延光寺への分岐点に達した。分岐点から延光寺まで田舎道の登り坂だが、案内標識があるので迷うことはない。お寺のすぐ近くになって、普通の民家に民宿の看板がかかっている。「嶋屋」と漢字で書いてある横にペンキで「しま」とふり仮名が振ってある。

「嶋」を読めない人はいないように思うが、なぜあえて、それも書きなぐるようにペンキで書いてあるのだろう。私は宿毛に戻るのでいいのだが、周囲には商店もコンビニもなく、あまり早く着くと時間を持て余しそうだ。延光寺の近くには、他に宿も売店も見当たらない。遍路地図で見るのとはかなりイメージが違うな、と思った。


国道56号線に合流してしばらく、土佐くろしお鉄道と並行して歩く。ごめん・なはり線と比べて、かなり疲れた印象である。


新宿毛大橋を渡る。このあと向こうに見える山の間を行くのだが、延光寺までかなり遠い。

 

赤亀山延光寺(しゃっきざん・えんこうじ)、霊場記には赤木山とあるので、あるいはこちらがもともとの山号かもしれない。この札所は、「道指南」では寺山院と呼んでおり、霊場記挿絵にも「寺山図」とある。延光寺の付近の地名も寺山であるので、そちらが本来の名前と考えられる。

寺伝では、平安時代に亀が梵鐘を背負ってきたことから赤亀山(しゃっきざん)となったされるが、「霊場記」「辺路日記」いずれにも戦火で荒廃していたものを土佐藩山内家が再興したと書かれているので、あまり信憑性の高いものとはいえない。考えられるのは、「赤木山」と言う名前の「木」を同音の「亀」に代えて、起源説話としたのではないかということである。

赤木という地名については、土予国境を越えて伊予側に「赤木川」がある。川の名前と嶺の名前がしばしば共通することから考えると、赤木山とは、もともとこのあたりの嶺に付けられた名前であったのかもしれない。

そもそも、弘法大師のたどった道ということでは、足摺岬と菅生山は確実であるとしても、足摺岬から延々海岸線を辿る必要はあまりなさそうだ。当時の交通事情から考えて、海路ならともかく山道で土佐・伊予国境を抜けるのは難しそうである。三十九番・四十番と月山・篠山を含めた一帯は、空海ルートとは別で修験道の霊場だったのではないかと考えている。

そして、例の自然歩道「四国のみち」の高知市から国道33号線を北上したところに、「横倉修験の道」というサブルートがある。宮内庁の認める安徳天皇陵墓参考地や、カブト嶽と呼ばれる断崖絶壁があって、まさに修験道の行者が通っていたような道である。そして、ここを経由してさらに北上すると久万高原で、ちょうど大宝寺の前に出るのである。

このことから考えると、弘法大師が室戸から足摺まで海岸線を辿った後、そこからいったん高知(当時の中心地は国分寺のあった南国市のあたり)に戻り、そこから菅生山に向かったのではないかと推測される。その傍証として、金剛福寺から延光寺への遍路ルートは複数あり、距離的には打戻りが最も近いのである。弘法大師も来た道を戻ったのかもしれない。

午後3時、ようやく延光寺着。石段を登り山門をくぐると、例の伝説の亀の石像がある。龍宮から銅鐘を背負ってきたと彫ってある。コンクリに彫られている由緒書きは昭和五十四年(三十四年?)のもので、いずれにしてもそれほど古いものではない。

正面に瓦葺の大きな本堂、その左に小振りの大師堂がある。前回区切り打ち以来、久々の読経である。開経偈に続き、般若心経、光明真言を唱え、ご本尊真言、大師ご宝号をそれぞれ三度。もう夕方なのでひと気もあまりなく、静かな中をお参りすることができた。

そして、月山神社ではご朱印がなかったので、これも久々の納経所。納経帳を差し出すと「あら、かわいい手。えくぼができてるわ」と言われてしまう。「もう六十ですから」と返事をする。久々の納経であり、歩き疲れていたこともあり、とっさに気の利いた言葉が返せなかったのは残念である。

宿毛市街からここまで、道端で小休止した他は休まなかったので、しばらく境内でゆっくりする。延光寺を出たのは3時半過ぎ。ということは、もし前日に道の駅ではなくベルリーフ大月まで歩いていたとしたら、午後5時に間に合ったかどうかたいへん微妙なところであった。


延光寺山門。国道から1kmほど山に入ったところにある。


延光寺の本堂と大師堂。もう夕方近くで、静かにお参りすることができた。


龍宮から銅鐘を背負ってきたと伝えられる亀の像。

 

国道をそれて旧道に入ると、こちらには休憩所があった。遍路用の案内板も何ヵ所かあり、国道でなくこちらを通るのが正解だったようだ。一方で、道が微妙な角度で曲がっていたので、ホテルの位置がよく分からない。コンビニに寄って買い物をした後、警察の前の道をまっすぐ行ったらいきなりホテルの前だったのは意外だった。

ホテルに着くと、ロビーはちゃんと掃除されていて、フロントに行くと「禁煙室をご用意しております」とちゃんと説明があった。そして、外から見ると老朽化した施設なのだが、禁煙室の内装はたいへん新しく、あるいはこのエリアだけ改装したのかもしれない。部屋のユニットバスもあるのだが、大浴場があるというのでそちらに行ってみた。

部屋からエレベータを下り、案内に従い右に曲がったり左に曲がったりしたところに大浴場はある。増築を繰り返したのか、かなり分かりにくい構造であった。大浴場というよりも中浴場という大きさで4、5人同時に入れるくらい。これで宿泊客がいっぺんに来たら大混雑だなと思ったが、幸いに私ひとりであった。

大きな浴槽で手足を伸ばし、太股やハムストリング、ふくらはぎをマッサージする。この日は延光寺への往復で、予想以上に疲れた。歩き遍路では10~15kmを休みなしに歩くことが結構あって、片道6~7kmであれば大したことはないと思うのだが、その 日の天候や体調、道の状態でかなり違うということを痛感した。でも、今回の日程はまだ始まったばかりなのである。

コインランドリーは1階下なので、エレベータを使うよりも歩いた方が早いと思ったのだが、階段の上り下りが少々きついくらいこの日は疲れていた。風呂と洗濯が一区切りついて、夕食に向かう。夕食はフロントの奥にあるレストランである。

あの(健康増進法適用外の)ロビーとフロントの奥にあるレストランだから大したことはないだろうと思っていたら、ちょっと気の利いたところだった。1泊2食6,900円(税込)なのでそれほど期待していなかったのに、まぐろとはまちのお刺身、白身の焼き魚、きびなごか何かの天ぷら、いかと大根の煮物、茶碗蒸し、酢の物などのおかずが付いた。

量は多くなかったが料理のレベルは高く、ここまで3泊(前泊の高知は素泊まりなので除く)のうち最もグレードが高かった。というよりも、今回の区切り打ちの中でも一番だった。

生ビールだけでは物足りないくらいで、後から考えるとお酒でも頼んでゆっくりすればよかったが、前の2日間で日本酒を飲んでいるのでちょっと控えたのと、ホテルの第一印象の悪さが気になっていたのだった。残念なことであった。

カウンター席に案内されたので、目の前にTVが映っている。天気予報をやっていて、翌日は午前中から40%、午後は60%の降水確率と言っている。ここまで暑い日が続いたので少々の雨が降った方が涼しくていいけれども、翌日は峠越えを予定している。雨ということになると、安全策で国道を行った方がいいだろうか。いずれにしても、早く出発するに越したことはない。

部屋に戻る前にフロントに寄って、7時からの朝の食事が早くできないか聞いてみる。「何時頃でしたらよろしいでしょうか」「15分くらい早くお願いできればありがたいのですが」と答えると、「それくらいでしたら大丈夫ですよ」と即答だった。設備にせよ、フロントの対応にせよ、第一印象がひどかったのにだんだん改善されてくるのは惜しいことであった。

この日の歩数は52,449歩、GPSによる移動距離は30.2kmでした。

[ 行 程 ]
ベルリーフ~道の駅大月 8:35 →
[11.6km]11:25 道の駅宿毛 11:55 →
[2.8km]12:40 秋沢ホテル 12:55 →
[8.1km]15:05 延光寺 15:40 →
[7.7km]17:35 秋沢ホテル(泊)

[Mar 21, 2018]


秋沢ホテル遠景。最初見た時、つぶれたボーリング場かと思って落ち込んだ(その印象は、翌朝まで相当改善されたのですが)。


秋沢ホテルの夕食。この日はお酒を控えめにしたのですが、後から振り返るとこの回の区切り打ちで最もレベルの高い夕食でした。