400 四十番観自在寺 [Oct 14, 2017]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

秋沢ホテルの夜は、あまりよく眠れなかった。ベッドに横になったのが夜の8時半と早すぎたせいか、夜中に目が覚めた。体があちこち痛い。前の晩、コインランドリーが下の階にあって、エレベータが面倒なので階段で上り下りしていたら、膝のあたりがくがくした。パブロンとロキソニンを飲んで何とか眠った。

起床は午前5時。TVをつけて天気予報を見ると、やはりこの日は雨である。前の晩に考えたとおり、国道を歩く方がよさそうである。いずれにしても、時間に余裕をもって早くに宿に入るのが安全であろう。

テレビ体操をして1階に下りる。このホテルの朝食は原則午前7時からだが、「出発が早いので少し前にお願いできませんか」と頼んだところ、15分前なら大丈夫ですよ、と快くOKしていただいたのだ。このホテルは最初の印象がよくなかったけれど、だんだん改善されて出発する時にはまずまずの宿だったと思えるようになったのだから大したものである。

朝食もおいしかった。ごはん、味噌汁の和食で、さばの文化干と出汁巻き卵、納豆と海苔の佃煮、切干大根とマカロニサラダも付いた。朝食のお客さんが次々入ってくるのと入れ違いにレストランを出て、部屋に戻って用意し、7時半にホテルを出発した。

まだ雨は降っていないので、いっぽ一歩堂の速乾白衣上下でスタートする。峠道を行く場合は道順を注意する必要があるが、車道歩きを選択したのでホテルの前から北に延びる国道56号線をひたすら進めばよく、それほど考える必要はない。

通常の遍路道は少し港の方に戻ってから松尾峠を越えて一本松に抜ける道で、真念の時代にはこの道に番所があった。「道指南」で示しているのもこの道である。しかし、松尾峠は標高差300mの峠越えで、国道だと標高差100mいかないくらいだから、道の険しさは比較にならない。

そして、松尾峠に向かわず国道56号を選んだ理由がもう一つあって、篠山に向かう道は途中まで国道を通るのである(遍路地図にも「篠山神社参詣コース」と書いてある)。国道56号は県境まで、その名も篠川に沿って、山に囲まれた道を通っている。今回、篠山までは行けないが少しでも近いところを通りたいと思ったのである。

歩き始めて間もなく与明トンネル210m、続けて宿毛トンネル250mを越える。しばらくは道路の両側に水田が続くが、次第に両側に山が迫ってくる。水田があるあたりではまとまって建っていた家々が、少しずつまばらになる。約1時間半で、篠山方面との分岐まで来た。そちらの方向も、片側一車線のまっすぐな道が続いていて、「国立公園 篠山」の行先表示がある。

帰ってから調べてみると、篠山は足摺岬や竜串海岸と一緒に、足摺宇和海国立公園に含まれている(私の子供の頃なかった国立公園である)。篠山観世音寺が廃寺となり篠山神社も無人というので、篠山一帯がさびれているのではないかと想像していたのだが、そんなことはないようである。その篠山分岐のすぐ先に正木トンネル226mがあり、ここが高知・愛媛の県境になる。

県境に着いたのは午前9時20分。ここまで2時間近く歩いて来て、休憩所らしきものはなかった。ここにもない。トンネルの出口付近に地崩れ防止の石垣があったので、リュックを下ろし寄りかかって小休止。

空模様は微妙で今にも降り出しそうだが、前の日までと違って顔に火ぶくれのできるような強烈な日差しがないのでかえってありがたい。次の一本松隧道395mを過ぎたところに東屋があった。どこかに書いてあったらこちらで休んだのに。


秋沢ホテルの前を通る国道56号線で県境に向かう。ハタダ栗タルトのお店は愛媛県に入るとたくさんある


トンネルをくぐると景色がどんどん山の中になる。前日までとは打って変わって、いつ降り出してもおかしくない曇り空である。


県境となる正木トンネルが見えてきた。まだ天気はもっている。

 

WEBによると、高知県と愛媛県ではへんろ道の整備に差があり、愛媛県に入ると休憩所やトイレ、道の手入れが高知県とは全く違うらしい。確かに、これから訪れることになるポケットパークのような施設は、高知県にはあまりなかった。

とはいえ、高知県と愛媛県では面積も違うし、経済力も違う。そして、へんろ道といっても順路が一つとは限らずいくつかの道があるし、月山や篠山のような番外霊場や別格霊場まで含めればそれ以上になる。すべてを歩行者仕様に整備するのは無理な相談でもある。

そして、それ以上に私が気になるのは、ハードの整備ばかりに目が行ってしまって、ソフトとかメンテナンスにあまり注意が払われていないということである。東屋を数多く作ったところでゴミが置きっぱなしで汚いところに休みたくないし、へんろ道を整備したところで由来の説明や定期的なメンテナンスがなければそこを通る意欲が湧かないだろう。

いま、四国遍路を世界遺産になどと言っている地方自治体があるが、彼らの頭にあるのはハードの整備による公共工事と広告収入の増大であって、ソフトとかメンテナンスのことはほとんど考えていない。いくらハードを整備したところで、放っておけばいずれはゴミ捨て場になるということがなぜ分からないのだろう。

県境のトンネルから先は愛媛県になる。カーブをいくつか曲がりながら標高を下げて行く。30分ほど下りたところに、工事中による迂回の案内看板があり、併せてへんろ休憩所がありますのでお休みくださいと書いてある。

その300m先に、おそらく工事の際に使っていたと思われるプレハブに「お遍路さん休憩所」の表示があり、隣には本格的なトイレに「循環常流式トイレ ㈱浅田組」と書いてある。せっかくなので中に入って休ませてもらう。なんと、この日は使わなかったけれども、エアコンまで付いている。前日までのような気候であればありがたく使わせていただいただろう。

壁にはこの付近の地図が貼られていて、国道経由で観自在寺まで約11kmとある。あと3時間として、午後1時には着くことができる。私の考えるメンテナンスとかソフトとはこういうことで、ハードだけでは長続きしない。もちろん、これは浅田組さんが地元のために身銭を切ってやっていることで、地方自治体が税金を使ってやっているものではない。

ありがたい休憩所ではあるが、それほどゆっくりいる時間がないのが残念である。今日中に観自在寺のさらに10km先、柏集落まで行かないといけないのだ。浅田組休憩所から15分ほどで一本松。「一本松温泉あけぼの荘」の大きな建物が見えてきた。ここに泊まればスケジュール的に楽だったのだが、延光寺を午後3時に出たのではとてもここまで歩くことはできなかっただろう。

あけぼの荘前の道をまっすぐ進むと、ローソンのある交差点に達する。松尾峠を越えるとこの地点に出てくるので、道標もへんろ道案内もいくつかある。道案内に従って右折しようと四国のみちの案内表示を見ると、「観自在寺 11.0km」と書いてある。ん?さっき休んだ浅田組休憩所から観自在寺まで11kmなのに、30分歩いてもまだ11kmなのはどういうことなのか。

遍路地図を取り出してよく見ると、ここを右折する道は昔からの遍路道で、「ひろみ(広見)村」「うはおほとう(上大道)村」と真念「道指南」に書いてある。ところが山間を進む道なので曲がりくねっていて、距離のロスも大きいようである。空模様も危なっかしいので、浅田組さんの資料にしたがって引き続き国道を進むことにする。


県境を越えて下りたところにある浅田組さんの遍路休憩所。水道・トイレ・エアコンもあるありがたい休憩所だ。


愛南町一本松のローソン。松尾峠からの道と国道はここで合流するが、遍路道の案内どおり進むとかなり遠回りになる。


国道56号線をひたすら進む。愛南町の御荘地区(旧・御荘町)へは、ほぼ平坦で歩きやすい道。

 

観自在寺へ向かう国道は平坦な場所を通りカーブも少なく、気持ちのいい道であった。しかし、天気予報どおりとうとう空から雨粒が落ちてきた。右手をみるとかなり高い山が見える。あるいは、遍路道を通るとあの山を抜けることになったのかもしれない。国道を選んでよかったと思った。

ただし、ただの国道なので遍路シールもないし、トイレも休憩所もない。市街地ではないから、コンビニもガソリンスタンドもない。㌔ポストがあるのでどのくらい歩いたかペース判断の目安にはなるが、松山まで140何㌔宇和島まで50何㌔と言われても、なかなか目標にならない。

一本松のローソンから1時間ほど歩いて蓮乗寺トンネル604m、さらに城辺(じょうへん)トンネル532mを越えると、ようやく市街地が見えてきた。昔の御荘町(現・愛南町御荘)である。背後にはいくつもの稜線が見え、その手前に開けている街である。地図を見ると海も近いのだが、その方向にも山があって歩いている場所からは見ることができない。

国道から観自在寺へは、標識にしたがって右折する。曲り角からまっすぐ500~600mで観自在寺の山門に達する。国道から外れると交通量は極端に減り、のどかな田舎道となる。一度降り出した雨も止んだ。僧都川という、遍路に由来するかのような名前の川を渡ると、石段の上に山門が見えてくる。

13時15分、観自在寺着。浅田組休憩所からほぼ3時間歩き通しだった。四十番平城山観自在寺(へいぜいさん・かんじざいじ)、山号は平城天皇の勅願に由来すると伝えられる。その「平城山」の扁額が、山門に掲げられている。ここは、一番霊山寺から最も遠い札所として知られている。

山門から少しだけ石段を上がると、本堂レベルに達する。参道すぐ左手に鉄筋の宿坊がある。最初はここに泊まろうかと検討したのだが、バスで戻ってくることになるので断念した経緯がある。素泊まり専用だが4,000円と格安で、個室・大浴場付きである。

まっすぐ進むと、一番奥に「瑠璃光殿」の扁額が掲げられた本堂がある。瑠璃光というくらいだからご本尊は薬師如来である。観自在寺という寺号にもかかわらずご本尊が薬師如来であるのは妙だが、京都・奈良のお寺さんのように丈六とか等身大の大きな仏像ではなく厨子に収まるくらいのご本尊なので、違和感はそれほど感じられない。

寺号になっている観音菩薩(観自在菩薩)と阿弥陀如来は脇侍なのだが、よく見なかったのは残念である。「如来・如来・菩薩」の3点セットも妙だし、薬師如来がご本尊、阿弥陀如来が脇侍で並んでいるのも妙だから、あるいは別々のところにあったものを集めたのかもしれない。

そもそも、このお寺の名付け親とされる平城天皇は在位3年と短い上に、藤原種嗣暗殺事件や薬子の変など政治的混乱の渦中にあった。平安時代の天皇(平城天皇は桓武天皇の皇子である)であるにもかかわらず平城京にこもってしまったことからこの諡号となった訳だから、遠く伊土国境まで行幸したとは考えにくい。

もしかすると、篠山神社の別当寺が篠山観世音寺であったことと関係があるのかとも思うが、よく分からない。こちらのご朱印は、本堂・瑠璃光殿で書いていただける。この時は団体客もおらず、静かにお参りすることができたのは何よりのことであった。

境内の背後が山である。そちらが篠山だろうか。ちょうどお寺の女性が掃除をされていたので、「篠山はどちらの方向でしょうか」と聞いてみた。

背後の山の方向かと思ったら、「そうですねぇ、あちらになるでしょうか」と本堂を背にして左、東の方向を指された。「篠山に行かれる方は、一本松に2泊されて、1日かけて往復する方が多いようですよ」とのことである。なるほど、歩き遍路でもそうやって行く手があるのか。


県境を越えて3時間歩き、お昼過ぎにようやく愛南町御荘地区に入った。


国道から右に直角に折れて観自在寺の山門に至る。こちらは一番霊山寺から最も遠い札所になる。


観自在寺境内。正面はご本尊のいらっしゃる瑠璃光殿。瑠璃光というくらいだから薬師如来で、観自在寺の寺号と合わないのだが。

 

ご朱印をいただいた後は、国道に戻って道の駅でお昼をとる予定だったが、山門のすぐ外に「ご縁茶屋」というお店があり、暖簾がかかっている。店の前に品書きがあり、「うどん」と書いてある。ここに入ってみることにした。月山神社、延光寺と門前の寂しい場所が続いて、門前町にはできるだけ行くべきではないかと思っていたのである。

門前町という言葉があることから明らかなように、お寺や神社に人が集まりお店ができ、それが街へと発展することが多かった。おそらく最初は屋台のような小規模なものが、次第に常設の建物になったのだろう。ところが21世紀の今日、ほとんどの門前町は消滅寸前である。駐車場がなく、道も狭く、そもそもお寺や神社に人が集まるのは正月と七五三くらいになっている。

それは、首都圏有数の門前町である成田にしても同様で、山門のすぐ近くにある屋台のほとんどは店を閉じたままだし、初詣での数日間だけで一年間が過ごせる訳ではない。まして四国札所のように不便な場所にあるお寺となると、門前町が残っている方が少ない。

だから、数少ないそうした門前町を応援する観点からも、できるだけこうした小さなお店に入るべきだと思うようになったのである。そうしないと、いずれはお寺の周りにあるのが自動販売機だけということになってしまう。私ひとり入ったからといってどうなるものでもないかもしれないが、「気は心」と言うではないか。

「ご縁茶屋」は、5人も入れば一杯になってしまう小さなお店で、おばさんが2人でやっていた。営業日も営業時間も限られていると書かれている。念入りに作られたうどんにはいろんなものが入っていておいしかった。境内でもご縁茶屋でもゆっくりしたので、観自在寺を出たのは午後2時頃になってしまった。

国道に戻り、道路沿いにある道の駅にも予定通り寄ってみる。こちらにも食べるお店はあって、なんとみかんのソフトクリームがあったのでお願いする。これで前々日の道の駅大月、前日の道の駅宿毛に続いて、3日連続でソフトクリームを食べることができた。ソフトクリームが大好きな私にとって、たいへんうれしいことである。

さて、観自在寺のある愛南町御荘のあたりはすぐ裏手が海で、標高は10mに足らないほどである。地図をみるとこの日の宿である柏集落までずっと海沿いなので、そんなに起伏はないだろうと思っていたのだが、そんなことはなく、10kmのうち8kmまではずっと登り坂なのであった。

この登りはたいへんきつかった。すでに愛南町に入るまで20km歩いていて、県境の峠も越えている。それほどの標高差もないので体力は残っているだろうと思ったのだが、長い登り坂で削られたせいか足が上がらない。足首のあたりに違和感があるし、右足も左足も擦れて痛い。参ったなあ、まだ登りかと言いながら登る。こういう時に限って休憩所もない。

後から調べると、いちばん登ったあたりでも標高100mなので全然大したことはないのだが、それにしてもきびしい登りだった。そして、この坂を登っている時に、いよいよ雨が本降りになってきた。

リュックカバーを付け、レインウェアの上を着る。折り畳み傘を広げるが、海が近いので結構風が強い。ようやく下り坂になった。坂の途中に「民宿ビーチ」があり、その横をさらに下って行く。入り江にそって、家々が並んでいる。あそこが柏集落だ。

集落の入口に郵便局があった。午後5時間際だったので、あわててCDコーナーでおカネを下ろす。雨の中、国道に戻る。旭屋旅館はすぐそこに見えるが、ここはすでに廃業している。亀屋旅館はどこだろう。国道を渡って反対側にある大きな建物、役場と病院の周囲をひと回りするが、それらしき建物は見当たらない。

再び国道に戻ってくると、地元の人が「どこか探してるの?」と声をかけてくれたので、「亀屋さんってどこですか?」と聞いてみる。「川渡らないでその道を奥に行って、2つ目の橋渡ったとこ」と教えていただいた。さきほど探していた場所よりずっと奥だ。

午後5時過ぎに亀屋旅館着。観自在寺からまるまる3時間かかった。遍路地図では観自在寺から柏の交差点まで10.2kmと書いてあるが、帰ってからGPSのデータを調べたところ11.9km歩いている。柏に入ってちょっと迷ったけれど1kmも余計に歩いていないはずで、2km近い差は何だろうと思った。

ご縁茶屋は観自在寺山門のすぐ前にある。こういう門前のお店には極力行くようにしようと思った。

観自在寺から柏集落まで、約2時間ずっと登り坂。海のすぐ近くを歩いているはずなのに、山の中を歩いているような景色が続く。

ようやく下り坂になり海が見えてきたが、この頃からとうとう雨が本降りになる。

 
部屋に入ってさっそく靴下を脱いで両足を確認する。左足は予想したとおり足の裏も指の間もマメだらけで、痛かったのも無理はない。そして右足は親指全体が赤く腫れていて、爪の付け根が膨らんでいる。押すと、たいして力を入れていないのに透明な水が噴き出した。これまでこんな症状になったことはない。

「お風呂沸いてます」とご案内があったので、お風呂場で足の具合をみる。水を掛けると少ししみるけれども、血も出ていないし化膿もしていない。そっと洗って湯船に漬かるが、ひとまず大丈夫そうだ。いずれにしてもある物でなんとかするしかないので、バンドエイドをして靴下を履いておく。

奥さんに「足の指から水が出てる」とメールすると電話がかかってきて、「見てないからよく分からないけど、長男が剣道で爪がはがれた時に、テーピングテープでぐるぐる巻きにしてた」とメールが返ってきた。なるほど、テーピングテープか。明日はそれで歩くしかない。幸い、登山用の非常用品としてテーピングテープを持って来てある。

午後6時、階下から夕飯の支度ができたと声がかかる。宿のおばさんは向かいにある食堂の方もやっているとのことで、支度が済むとそちらに向かった。泊り客は私だけのようで、TVを相手に一人の夕飯である。寂しいけれど、この時は足の具合で頭が一杯で、一人なのはありがたい。

おかずは豪勢で、鯛のかぶと煮と白身魚、おそらく鯛と太刀魚とかんぱちのお刺身。酢豚、野菜天ぷら、茶碗蒸し、竹の子と昆布の煮物、酢の物。これで1泊2食7,000円は安い。きっと、食堂もやっているから食材には余裕があるのだろう。

足の具合も落ち着いて来たようで、座っている分には何ともない。鯛をつまみながらビールを飲む。おいしい。鯛のアラは苦手で普段食べないのだが、食べられる場所を探りながらゆっくりつつく。一気に食べれないのは、一人の食事では時間がかけられてかえっていい。

TVでは天気予報をやっている。翌日の予報は一日雨。この雨は前線が活発化していることによるもので、数日間続くようなことを言っている。翌日のコースとしては、柳水大師・清水大師を経由する峠道と海岸沿いの国道の2つの候補があるが、荒天であれば躊躇なく国道を選ぶことになる。

国道は距離的にかなりロスするけれども、山の中で進退きわまったりすることを考えると峠道は選べない。また、足の手当てをするのに必要な薬品やガーゼ、包帯もどこかで調達しなければならない。当初の計画では津島に出てから満願寺を往復することを考えていたが、この、真念「道指南」のルートも難しいかもしれない。

八十八札所の下調べをしていて、八十八以外にぜひ行きたいという霊場がいくつかあった。月山や篠山など江戸時代から続く遍路ルート、鯖大師や十四ヶ橋など著名なエピソードのある霊場、明治以来70年間札所であった安楽寺などなど。そして、偉大な先達へのオマージュの意味で、信念庵と満願寺も外せないと考えていたのである。

しかし、日程の都合もあり宿の都合もあり、篠山には行くことはできなかった。満願寺には何とか行きたいと思っていたのだけれど、この天気この足の状態では、難しいと判断せざるを得ない。部屋に帰り窓を叩く雨の音を聞きながら、なかなか計画した通りにはうまく行かないものだと改めて思う。

1日30kmくらい歩けるだろうと計画してすべての宿を予約したのだけれど、雨が強かったり体調が悪かったりするとそんなにうまくは行かない。とはいっても、宿泊地に着けなければその次の宿泊地はさらに遠くなる。1週間先の松山市内まで、スケジュールに余裕がある日はないのだ。

この日の歩数は54,427歩、移動距離は33.3kmであった。

[ 行 程 ]
宿毛・秋沢ホテル 7:30 →
[7.4km]9:20 高知・愛媛県境 9:30 →
[2.8km]10:10 浅田組休憩所 10:20 →
[11.2km]13:15 観自在寺 14:00 →
[11.9km]17:00 柏・亀屋旅館(泊)→

[Apr 7, 2018]

亀屋旅館は、国道から川沿いを少し歩いたところにある。道路をはさんで向かいの飲食店も経営されている。


亀屋旅館の夕飯は豪勢でした。鯛のアラをつつきながらビールをいただき、翌日以降のスケジュールを再検討。