420 四十二番仏木寺 [Oct 16, 2017]


この図表はカシミール3Dにより作成しています。

稲荷山龍光寺の次は仏木寺である。遍路地図ではこの間2.6km、40分ほどで着くことになっているが、これがまた大変な道であった。これが元でこの日のスケジュールが押してしまう結果となったのだから、日程には余裕を持たなければならないということである。

長命水の前の「四国のみち」案内表示によると、仏木寺は左に進む道である。仏木寺まで3.6kmと、遍路地図の2.6kmよりかなり長いのは気になったが、車道を通ればそうなるんだろうと軽く考えていた。大雨だし、山道を通るより車道を行くのが安全策と考えたのだが、そう思って進んだのは車道でもなければ最短距離でもないとんでもない道なのであった。

(後から調べると、正規のルートは参道の途中からお墓の横を通る道だったようである。確かに車の通れない遍路道なのだが、私の通った四国のみちよりは大分ましだったようである。何にせよ、シールが貼ってあるので安心である)

しばらくは、山の中に入らずに農道を進み、さらに住宅地を通る。ここまではよかったのだが、やがてひと気のない道となり、雑草が両側から道を塞いでいる土手を上がると貯水池のような場所に出た。中山池というらしい。「四国のみち」はこの中山池の周りを池に沿って半周あまり歩かされるのである。

雨はざーざー降ってくる、道はどこにどう続いているのか分からない。草むらの中を歩くので、服にも靴にも訳のわからない種だか葉っぱだかが無数に付いてきたない。道はぬかるんで靴はどろどろになる。遍路シールもなければさきほどまであった四国のみちの道案内もない。もう、泣きそうな気分である。

ようやく資材を運搬するような砂利道に出たものの、どちらに進めばいいのか全く指示がない。日が差していれば影で大体の方角が分かるのだが、大雨で空は真っ暗である。これまで歩いてきた方向を思い出して、池とは反対側に進むしかない。

やがて、管理施設のような建物が現われて景色が開け、高速道路の高架が見えてきた。もう、龍光寺を出てから、本来の所要時間である40分になろうとしている。「四国のみち」案内表示はいつの間にか見当たらない。ただ、そんなものより自分の頭の方が信用できる。

背後がいま歩いてきた中山池の方向で、前方に見えるのは高速道路である。高速に並行して県道が通っているはずだが、そこまでまっすぐ進む道がない。仏木寺は右方向なのだが、右に行くと山になるので県道まで通じているとは限らない。遠回りになるが左前方に進む。県道に出ればなんとかなる。

ようやく県道まで出て安心すると、次の明石寺の案内看板が出てきたので通り過ぎてしまったかと一瞬びっくりした。が、その看板の向こうに仏木寺の山門が見えた。11時40分、龍光寺からまるまる1時間かかって仏木寺に到着。

後からGPSで実際に歩いた距離を確認したところ、4.7kmあった。正規の道より2kmも遠回りしているし、「四国のみち」の表示と比べても1km長い。この日以降、四国のみちは二度と信用すまいと思った。


龍光寺からは四国のみちルートをとる。このあたりは開けた田園風景でたいへんよかったのですが。


やがて大きな池の周囲をめぐる暗くてじめじめした道になる。遍路シールはもちろんなく、行き先がよく分からない。


仏木寺の山門までようやく到着。龍光寺からまるまる1時間かかった。もう四国のみちは信じないと誓った。

 

一果山仏木寺(いっかさん・ぶつもくじ)、「果」は霊場記では
「果頁」の一文字であり、山門の扁額は「王果」と読める。いずれにせよ当用漢字ではないので、霊場会HPでは「一カ山」と表記している。

弘法大師がこのあたりを通りかかった際、楠の老木の上に輝くものがあり、よく見ると珠であったので、その老木を伐って大日如来を造りその珠を頭部に納めたことから山号・寺号とされたと伝えられる。
 
家畜守護の寺院として知られており、ご詠歌にも「草も木も仏となれる仏木寺 なをたのもしき鬼畜人天」と詠われているくらいだから、江戸時代からそうだったのだろう。

霊場会HPによると、境内には家畜堂というお堂があって牛馬の陶磁器や扁額が奉納されているとのことだが、雨が激しすぎて探すことができなかった。すでに通り過ぎた宇和島市の闘牛関係者も来るらしいので、もう少し天気が良かったらじっくり見てみたいものである。

四十一番稲荷は「稲」のことだし、四十二番は農耕の助けとなる牛馬の守護、次の四十三番は役行者ゆかりの修験道の霊地だから、月山・篠山と菅生山大宝寺の間は、もともと仏教以前の古い信仰の霊地だったのかもしれない。

県道の右手に山門があり、そこから石段を上がったところが庫裏になる。ベンチが何脚か置かれていて、「納経は本堂前で行っています」の立札が立てられている。左に90度折れてさらに石段を上がると本堂のレベルに達する。境内はそれほど広くはないが、こじんまりと落ち着いている。

稲荷山でバス遍路の団体客がいたのでちょっと心配だったが、すでに通過したようで、たいへんに静かである。とはいえ、雨が一段と激しく、土の境内は雨で一面の水たまりになっている。

本堂の周辺には雨をしのげる場所がないので、やむなく納経所前のわずかなスペースをお借りしてリュックを置く。本堂・大師堂で納経しご朱印をいただくと、庫裏のレベルまで下りた。ここには、さきほどみつけた雨の当たらない場所とベンチがあったからである。

ベンチに腰かけてようやくひと息つく。ちょうど山門の裏にあたる場所で、山門の向こうに県道、その向こうには高速道の防音壁が見えている。霊場記によると、こちら仏木寺の前には千畝の田が広がっていたということだが、いまでは高速道が景色を分断している。

山門の手前には、七福神の小振りな石像が並んでいる。家畜守護だけでなく、商売繁盛とか家内安全をお願いするお寺さんのようだ。周辺には家も建っているのだけれど、それほど多くはないし、商店や食堂が全くない。いろいろ工夫しないと札所だけでやっていくのは難しいようである。

山門横にも東屋があり、自販機でペットボトルを1本補充して先に進む。龍光寺に10時前に着いた時にはこの日のスケジュールは楽勝だと考えていたのだが、「四国のみち」で遠回りした結果、仏木寺を出たのは12時を15分ほど回ってからになってしまった。

歯長峠を越えて次の明石寺まで、遍路地図のコースタイムは3時間40分。休みなしで歩いても着くのは午後4時になる。納経時間には間に合うとしても、明石寺からホテルまで3kmか5kmかはっきりしない現状では、午後6時の食事時間に間に合うかどうか微妙である。いっぺんに、時間の余裕がなくなってしまった。

話は変わるが、自販機は仏木寺の門前に一つ、少し先の民宿とうべやへの曲り角に一つあっただけで、あとは歯長峠を越えるまでなかった。大雨でそれほど水は必要なかったのでよかったが、遠征前半のような炎天下であれば厳しいことになっただろう。

[ 行 程 ] 
龍光寺 10:40 →
[4.7km]11:40 仏木寺 12:15 →
[May 12, 2018]


仏木寺の本堂・大師堂。山門から石段を登った境内は、こじんまりまとまっている。


本堂前から山門方向を振り返る。右側に見える建物が納経所。雨宿りする場所はあまりない。


石段を少し下りて庫裏の前にベンチがある。江戸時代には千畝の田が広がる穀倉地帯だったが、いま山門の向こうを走っているのは高速道。